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中国医学

工事中

 
《中国医学》 中医学の概略 Part.1

1. はじめに

 中国医学(以下、中医学)を学ぶ場合、私の経験では中医学の全体がなかなか見えなくて、何から学ぶのか・本当に必要な事は何なのか等と悩みながら学習を始めたものだから、学習内容が散漫で知識の虫食い状態になってしまい、また始めから学習し直すことになってしまいました。このようなことにならないよう、まず中医学の概略を理解して構成内容を把握してから、各編に進み自らの理解程度を確認しながら学習するのが一番近道だと思います。また、新しい専門用語が出た時には平易な言葉で説明を加え、曖昧さをなるべく残さずに学習を積み重ねて行き、確実な基礎知識を獲得するよう紹介したいと考えています。

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2. 中医学の内容

 中医学の内容は、まず“基礎理論”があります。この基礎理論こそが中医学全体を支えている土台であり、中医学を特徴づけている考え方です。ここをキチンと理解しておくと次のステップで混乱することはかなり避けることができます。2番目の内容は“弁証”です。この聞き慣れない言葉を簡単に説明すると、病人の現在の状態を認識すること、つまり診察と診断を包括した行為のことです。3番目は“論治”です。論治とは治療法のことです。この言葉は弁証とセットで弁証論治と表現されることが多いです。つまり、論治とは弁証による診断を根拠にして導かれた治療法であるからです。

 ここまでが、私たちが学ぶ中医学の内容です。しかしこの内容を基にしてさらに、中医内科学・中医婦人科学・中医小児科学などがあります。また、漢方薬の分野では、中薬学・方剤学。針灸分野では、針灸学・経穴学などがあります。いずれにしても臨床で応用するためには“基礎理論”・“弁証”・“論治”の内容を理解する必要があるのです。

 いま述べた内容を表にして見てみましょう。

これから学ぼうとしている中医学は、基礎理論・弁証・論治の順に組み立てられ、そして大体この順に学んでいくわけです。まず、この表に出ている内容について説明していきます。ただし、詳しい説明は各編でおこないますので最低限度必要なことにとどめます。まずは、内容を確認し、専門用語の意味を大体理解すればこのページの目的は達成したことになります。

 表2ー1:中医学の内容

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3. 基礎理論の要約

 3.基礎理論の要約〜5.論治の要約の内容は要点だけです。詳細は基礎理論編に進んでからのお楽しみです。

【陰陽学説・五行学説】

 陰陽学説と五行学説は、中医学の基礎となる考え方です。

 陰陽:陰陽とは、自然界に存在する相互に対立している事物や現象の属性のことで。例えば、上と下、表と裏、寒と熱、動と静などです。

 陰陽学説:陰陽の属性を使って自然を認識し解釈する理論であり、その理論でもって人体の生理や病理現象をも解釈しているものです。

 五行:自然界に存在する最も基本的な物質のことであり、木・火・土・金・水の五種類のことです。

 五行学説:自然界にある事物や現象の関係を、五行の相互関係によって説明しているものです。中医学では、人体の臓腑を五行に分類して各臓腑間の関係を、五行学説で説明しています。

 〈参考として〉陰陽と五行学説は古代の人が作った形而上的なものだと考えてしまうと、中医学そのものの真価が十分に発揮できず、さらに臨床治療での幅が狭くなってしまいます。このことが分かるには、臨床で終始一貫して中医学で診断し治療を行って始めて納得のいくものなのです。例えばストレスによる食欲不振の場合、肝の機能(西洋医学で言う肝機能ではなく、中医学で解釈されている肝の生理機能)がストレスによって阻害され、その結果脾の機能(中医学で解釈される脾の生理機能)が低下して食欲不振になることが多くあります。このメカニズムは五行関係によって説明されており、治療も主に肝の機能を調えることで効果を得る事ができるのです。一般的には、食欲に関係ある胃にばかり注目してしまうところですが、これこそ中医学の真骨頂ですね。

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【気血津液】

 気血津液:人体を構成する基本物質です。気を基本物質と言う場合、変だなと感じる方もいると思います。気は物質としての側面とエネルギー(機能)としての側面をもっています。詳しくは、基礎理論編をご覧ください。血は血液成分。津液は人体中の液体成分の総称です。

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【臓腑学説】

 臓腑学説:藏象学説ともいい、五臓六腑の生理と病理について述べています。五臓とは、肝・心・脾・肺・腎。六腑は胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦です。それぞれの機能を学び、その間にある関係を知ることで、統一された人体像が見えてきます。ここでは、思いも及ばない生理機能や臓腑関係を得て、中医学の面白さとその深さに感動するかもしれませんね。

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【経絡学説】

 経絡学説:経絡は気血を運行し・臓腑を連絡し・人体機能を調節する通路であります。この経絡の循行・生理機能・病理変化・臓腑との相互関係を述べているのが経絡学説である。この経絡学説は我々針灸師にとってはかけがえのないものです。しかし、経絡学説は針灸だけのものではなく、中医学全体に貢献しているものであります。その内容は弁証編で紹介します。

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【病因病機】

 病因:病因は病気の原因のことです。そして、次のように分類することができます。自然素因(気候によるもの)・生活素因(食習慣など)・精神的素因(ストレスなどによるもの)・体質素因・内生素因(色々な原因で生じる病理産物)・その他の素因(外傷、ウィルス、中毒など)。中医学では、これらの原因で病気が発生すると言われている。

 病機:現在の病気がどのようにして引き起こされたか説明しているのが、病機です。だから、臨床で目の前の患者さんが何故このような状態になったのか理解して治療するために、病因・病機はきちんと学ぶ必要がありますね。


気および陰陽五行の思想に基づき、針灸・湯液(煎じ薬)などにより治療を行う中国の伝統的医学。「医学(医方)」と「薬学(本草)」を含むが、それらは密接に関連しており、分けることは難しい。

中国医学から宗教的・思想的要素を切り離すことは難しく、広義の中国医学には養生術や気功も含まれることになる。

「漢方」とは、奈良時代以降日本に伝わった中国医学に、日本において改良が加えられたものを指す。

 

歴史

様々な自然現象は鬼神が起こすものであり、祈祷などによりそれを鎮め、祓うことができるという思想は古代からあり、病気についてもその原因は鬼神であると考えられた。この呪術的思想は医学が生まれた後も存続し、現代にも宗教の形で残っている。

漢代(前202〜後220)には、中国医学の基礎を作ったとされる二冊の古典的医書『黄帝内経(こうていだいけい)』『神農本草経(しんのうほんぞうけい)』が編まれた。前者は針灸、後者は生薬による治療にくわしい。

『黄帝内経』や『神農本草経』が思想的要素をもっていたのに対し、後漢(25〜220)の医者張仲景によって編まれた『傷寒雑病論』は実用性を重視した臨床医学書に近いものであった。

道教教団の基礎となった太平道、五斗米道は、もともと信者の病気治療を目的とする宗教結社であった。

思想

万物を巡るエネルギーである「気」が人間の体内をも流れており、「病気」とはその流れが阻害され身体のバランスが崩れた状態であると考える。

治療は乱れた体内の気の流れを正常に戻すことを意味し、その対象は「病気」ではなく「病人」である。

治療は医師の診断に基づく「証」により行われる。証では患者の症状とともに個人差(体質)が考慮される。

神仙思想・道教と医学

神仙思想、とくに養生術と錬丹術(内丹術)は、「長寿のための健康法」という意味で医学と密接な関係にあった。『黄帝内経』の経絡・丹田の理論は内丹術の基礎となっており、『神農本草経』にある仙薬は『列仙伝』や『抱朴子』にも登場する。『抱朴子』の著者葛洪(283〜343頃)は、『玉函方』『肘後救卒方』といった医書も著している。

神仙思想を教義に取り入れた道教もまた医学に大きな影響を与えた。『肘後百一方』や『神農本草経集注』をまとめた陶弘景(456〜536)は上清派(茅山派)の道士であった。

気・血・津液・精1.気気の概念

人体の気は、いろいろあるが、基本になるものは元気(原気、真気ともいわれる)である。元気とは、父母から受け継いだ生まれながらの先天の気、食べたものが吸収され運化されてできる水谷<スイコク>の気、口鼻より吸入される自然界の空気を総合していう。

気は、全身に流れていて、すべての生命活動の原動力となっており、また先頭にたって他の物を引っ張って行く先駆としての役目を果している。

気の作用

《難経・八難》に「気は、人の根本なり」とある。気は全身に流行分布しており、その作用には五つの働きがある。

推動作用 人体の生長発育、各臓腑、経絡の生理活動、血液の循環、津液の輸布など、みな気の推動運行に頼っている。気の推動作用が減退すると、生長発育の遅れ、臓腑、経絡の生理機能の衰え、血液循環の停滞、水液代謝の低下などが起こって、病理現象が発生する。

温める作用 人体の正常な体温調節、各臓腑器官などすべての生理活動のエネルギーは、気の温める作用によるものである。この温める作用が不足すると、寒がりや手足が冷たいなどの証が現れる。反対に温める作用が昂盛すると発熱やいらいらなどの証が現れる。

防御作用 気は、体表つまり皮膚を保護して外邪六淫の侵入を防止している。外邪が侵入すると外邪と争って外邪を駆逐する。すなわち外邪と相い対待している面からすれば「正気」に属する。またその作用は陽の働きとも似ていることから、「陽気」ともいわれている。

《素問・評熱論》に「邪の湊<アツマ>る所、その気必ず虚す」とある。

固摂作用 気の固摂作用とは、血液の流れを制御して血管の外に溢出しないようにし、汗や尿の分泌や津液の流出を正常に保ち、また精液の出を適度に制御して滑精を起こさないようにするなどである。気の推動と固摂作用は相い反するもののようだが、うまくかみ合って統一的に作用している。一方では血液の循環をよくし、また片一方では血液の流れを統摂して、正常に循環するようにしている。

もし気虚になって血液の推動作用が減退すれば、血液の循環が不利になり、淤血が生ずるようになる。また固摂作用が減退すると、血液は血管外に溢れて出血を起こす。

気化作用 気化とは、気の運動、変化、転化のことで、人体の生長発育の源動力である。たとえば、血液の循環、津液の輸布、食物の消化、営養の吸収、糟粕<ソウハク>(かす、大小便)の排泄、皮膚の温度調節、髪の毛の光沢、各臓腑の機能調節などは、みな気化によるもので、休みなく気化作用を続けて生命を維持している。気の作用の中でも、最も重要な働きということができる。

気の分類

人体の気の分布や来源、機能の特徴は異なっており、その名称も違った呼び方をしている。

元気 父母の血を受け継いだ先天の気のことであり、原気、真気、生気ともいわれている。生命活動の源動力で、人体の気の中で最も重要なものである。元気が充実すれば、臓腑の機能は旺盛になり、人体は益々健康になっていく。

これに反して先天の気が不足すると、疾病が長引き元気を損傷して、それにつれて臓腑の機能も衰え、抗邪力も弱くなり、つぎつぎと色んな病を発生するようになる。疾病治療の根本原則は元気の補給にほかならない。

宗気 肺によって吸入された自然の大気と、脾胃によって運化吸収された飲食物の営養分の気とが一緒になって、胸中に集った気を宗気という。宗気の作用には二つある。

一つは、のどを通って呼吸を行い、言葉や声、呼吸の強弱と関係がある。

もう一つは、心臓の鼓動を推進調節し、気血の運行、身体の温涼や活動に関係がある。

営気 営気とは、血液と共に血管内をめぐって全身を営養している。このような場合、営養物質が生成される過程において、気が関って血となり肉となる営養物質が作られる。

また生成された営養物質は、気の働きによって血液に吸収された後、全身、五臓六腑の組織に営養を行きわたらせる。つまり営気とは、血液になる前の状態のものを血液に転化させ、そして血管の中をめぐらせて、全身を営養しているものである。

衛気<エキ> 衛気は、営気と同じように食べた飲食物の中の営養分によって作られ、営気の血管内をめぐるのと異なり、血管外を全身にわたってめぐっている。その運行は速く力強く、皮下脂肪や筋肉を温め、皮毛を充実柔潤させ、汗腺の開閉を調節し、外邪の侵入を防御している。外邪が侵襲する場合の第一障壁であり、外邪は先ずはじめに衛気の抵抗にあう。

臓腑の気 五臓六腑に分布している気であり、各臓腑の生理機能を推進している。


※詳細は各臓腑の項で後述する。

気の病証

気虚 全身あるいはある臓腑機能の衰退の証候。

主証:めまい、気力や元気がない、消化不良、自汗(じっとり汗をかく)、汗症、活動した後それらがひどくなる、舌淡(赤味がうすく淡い色)。

気陥 気虚の一種で、気力が無く、上に挙げる力がなく下垂した証候。

主証:めまい、息切れ、腹部下墜感、脱肛、子宮下垂、舌淡苔白。現代医学の胃下垂、腎下垂、子宮脱垂、脱肛などに相当する。

気滞(気鬱) 人体のある部分やある臓腑の気が阻滞し、運行が不利になった証候。

主証:つまって脹ったような感じで痛みがある。気滞は各臓腑に生じる。たとえば肝気鬱結が代表的証候で、いらいら、怒りっぽい、胸脇脹痛、乳房脹痛、下腹部の脹痛など。

気逆 気の昇降機能の異常で、気の上逆の証候。

主証:咳喘、しゃっくり、吐き気、嘔吐、頭痛、めまい、吐血など。


2.血血の概念

血は、現代医学の血液と似た概念で、摂った飲食物の営養物質から作られ、営気の作用により血管の中を全身にわたって循環しているものである。

血の作用

血の主な機能は、皮毛、筋骨、経絡、臓腑などすべての組織器官に血液を送り、全身を潤養して正常な活動を行っている。

《素問・五臓生成》に「肝は血を受けてよく視 <ミ>、足は血を受けてよく歩き、掌は血を受けてよく握り、指は血を受けてよく摂<ト>る」とある。

血の病証

血虚 血虚とは、体内の血液の不足、ある部分の血液循環機能の減退によって起こる病理変化である。主な原因としては、失血過多や生血不足によって起こる。たとえば食物中の営養物質の吸収ができなくて、それが血液となることができないことや、淤血が生じてそのために新しく血液を作ることができないなどである。

主証:顔色が蒼白く、めまい、動悸、舌唇の色が淡く、不眠、視力減退、四肢のしびれやつっぱり、閉経など。

血淤 血液の流れが滞って血管の局部や臓腑の中に停滞した証候。このほか、外部打撲や内出血によっても起こる。

主証:淤血局部の刺痛、痛所は固定して移らず、腹内に塊、舌唇は紫暗色、経血は黒い、発狂などの精神異常。

血熱 血分に熱があるか熱毒が血分に侵入した証。

主証:身体熱、口乾、いらいら、不安、各種出血、舌深紅色。

出血 いわゆる出血のこと。原因は色々ある。

主証:血熱出血、気虚出血、血淤出血、外傷出血。


3.津液津液の概念

津と液は、習慣上人体の分泌物を包括して一般に津液と呼んでいる。たとえば唾液、胃液、腸液、関節腔内の液体、なみだ、鼻水、汗、尿などで平たくいえば人体内外の水分である。

津と液は陰に属し、飲食中の営養物質が化生してできたものである。しいて分ければ、津は体液中の比較的希薄な部分で、衛気と一緒に全身に拡散している。また液は体液中の比較的濃い部分で、全身の組織中をめぐっている。

津液の作用

津液の作用は大きく分けて二つある。

組織器官の営養と潤滑

皮膚のうるおいとつや、肉体の豊満、関節の潤滑などは、いずれも津液の営養と潤滑作用によるものである。丁度、機械の潤滑油のような役目を果している。津液は、鼻水、なみだ、つば、よだれ、汗などに化生し、鼻や眼、口腔粘膜を保護している。また、脳髄、骨髄も津液の潤沢作用によって営養を得ている。

体液の平衡の維持

津液は体内の状況や外界環境の変化に応じて体液を調節して平衡を保っている。天気が暑い時には汗を多く出し尿は少なくなり、寒い時には尿は多く汗は少ないというようにして、体液の平衡を保っている。

もし津液の機能が減退して人体内外の変化について行かなくなったら、体液の過度の消耗や過分の貯留が起こり、体液の還流障害や排泄異常をひき起こし、浮腫や痰飲が発生する。ひどい嘔吐や下痢、大汗、高熱は体液の消耗をひき起こす。

津液の病証

津液不足

人体を正常に需要する津液が不足することで、傷津ともいう。主として口渇、咽乾、唇燥、舌乾少津、皮膚乾燥、下肢軟弱、小便少、大便乾結などがみられる。

高熱によってひき起こされるものは、発熱、いらいら、口渇、舌紅、苔黄などの症状がある。気虚を兼ねている場合、つまり気陰両傷では息切れ、疲労、舌淡歯痕<シコン>(歯がた)、少苔などがみられる。このような津液不足は糖尿病によくみられる。

水液内停

臓腑機能の失調によって津液の代謝、輸布、排泄に異常をきたし、水液が体内に停留して発病する。水液の停留部位によって大体二つに分けられる。我が国は多湿なのでこの疾病が多くみられる。

局部水液停留

水液停留の部位の違いによって異なった証候が発生する。《金匱要略》では、痰飲(狭義)、支飲、懸飲、溢飲の四種に分け、総合して痰飲(広義)といっている。 痰飲(狭義) 胃腸に水滞したものを指す。胃に水滞したものは、動悸、息切れ、めまい、胸脇のはり、背中の冷感、胃中の水声などがみられる。腸の水滞では、頭のふらつき、よくつばをはき、下腹部の拘急<コウキュウ>(つっぱり)、臍下の動悸、小便不利などがある。

支飲 胸膈に水飲が停留したもの。咳、呼吸困難、痰多く薄く泡状、浮腫(主に顔面)、病程長い、寒さにあうと発作、舌淡。これは現代医学の急・慢性気管支炎、肺気腫などに相当する。

懸飲 痰飲の邪が胸肋に停留したもの。胸肋痛、咳喘痰多、胸肋脹満、呼吸促迫、舌苔薄白。一般に痰飲より症状が重い。現代医学の胸膜炎などに相当し、結核性が多い。

溢飲 四肢の停水である。身体重痛、四肢浮腫、悪寒無汗、口渇なし、苔白。現代医学の急・慢性糸球体腎炎、心不全、浮腫などに相当する。


全身性水液停留

各臓腑によって種々の病変をひき起こす。

4.精精の概念

精とは、先天の気と後天の気(生まれた後、飲食物の摂取によって吸収された営養物から化生した気)が一緒になって作り出された生命の源泉となるものである。精を理解する上では、広義と狭義の精に分けて考える。

狭義の精は、男女二人の結合によって新しい個体が生まれるという、いわゆる生殖の精である。

広義の精とは、食物の営養物質が化生したもので、生命の活動維持にかかせないものである。

精の分類

先天の精 父母の生殖結合によって生まれた先天的体質のことである。これの強弱は生まれた後の成長発育を左右する。

後天の精 摂った食物の営養物質が化生して出来たもので、生まれた後の成長発育や生命の維持を継続する上で重要なものである。精が充足していれば、成長発育は正常で、生命活動も旺盛で健康である。これに反して精が不足しておれば、発育は遅れ、痩せて体質は虚弱で、病にかかり易い。

先天の精と後天の精は、相互に依存し、相互に補充し合っている。生命が生まれる最初の活動の基になる先天の精のよしあしは、生まれて後からの後天の精を作る条件になる。つまり先天の精の力が充実していないと、生まれた後の後天の精の充実はあり得ない。いわゆる「先天は後天を養い、後天は先天を養う」である。


精の作用

生まれた後からの人体の基になるものである。

臓腑機能の活動を活発にさせ、人体を壮健にする力である。

脳髄の生成を行い、肢体の活動、耳目の働き、精神活動に関係がある。

病邪を防御し、人体の免疫力を増強する作用がある。精が充実し生命力が旺盛であれば、衛気は固密になり、邪は容易に侵入できなくなる。

精の病証

精が亢盛するということはない。つまり精病の実証はあり得ない。精の場合はすべて虚証である。したがって精の作用は、生殖の精不足の性機能減退と発育の異常、また臓腑の精(後天的精)の不足による臓腑機能の低下が考えられる。後天の精は陰に属し、実際には血、津液も含んでいるので、陰虚、血虚、津液不足などの証候が出現する。

5.気と血の関係気は血の帥<スイ>(ひきいる)となす

気はよく血を生じる 血液は陽気に依存して、飲食物の営養分の吸収によって生成されている。陽気が盛んであれば血液生成の力は強く、陽気が衰えると血液生成の力も弱くなる。したがって気虚ではよく血虚を起こし、ついには気血両虚になっていく。

気行<メグ>れば血行る 血液は気の推進力に頼って全身を循環している。気の機能が失調すると血の循環が不利となり、気虚や気滞を起こし、ひどい場合は血淤が出現することとなる。すなわち「気滞血淤」である。

気はよく血を摂す 気は、血が血管内を循環して血管外に溢出しないように統轄している。もし気虚になると、その血を統制できなくなって出血を起こす。


血は気の母である

血は気の母であるという意味には二つある。

一つは、気は必ず血(津液や精も含む)をたよりとしてつき従っている。気が血につき従わないと、フワフワとあてどもなくさまよい、迷子になってしまう。気は血の背中に載っかったような恰好で、血管の中を流れている。気は、血管の外に出ると血から津液に乗り換えて、自分も衛気へと変身し体表をめぐる。

二つ目は、気は、飲食物を吸収して得た血や津液の補充によってその力を充実させており、血や津液は気の機能の充実と維持の源泉である。

このような二点からしても分かるように、血は気の母ということができる。気は、血や津液あるいは精を離れて単独で存在することはできない。大出血の時、気は血に随って脱し、大汗の時は気は津液に随って脱する。

気血同病

気と血の関係は、今まで述べてきたように密接で相互に依存し合っているので、病理上は常に気血同病が起こり易い。

気は血に対して、温める、化生する、推動する、統摂するという作用がある。気虚になると化生の力が衰えて血虚を起こし、気寒では温める作用がなくなって血滞になり、気衰になると推動作用が衰えて血淤を起こし、気陥になると統摂作用が衰えて出血が起こる。

また血は気に対して潤養し、載せて運行する作用がある。血虚になると十分に気を載せることがでなくなり、気もこれにつれて少なくなる。気が血の潤養を失えば燥熱を生じ易い。血脱の証では、気はつき従っていく血を失って、気脱の証があらわれる。

気滞血淤 気が滞って行らなくなると血の運行ができなくななり、血淤が出現する。いらいら、胸脇脹痛、乳房脹痛、下腹部淤塊、痛経、閉経、舌紫暗紅などの証がみられる。

気血両虚 気虚と血虚が併存する証である。息切れ、身体倦怠、自汗、顔面青白いかくすんだ黄色、動悸、不眠などの証がある。

気虚出血 気虚になって気が血を統摂することができなくなって出血する。血尿、機能性子宮出血、痔出血など。

気随血脱 大出血時、気が出血に随って脱するという重症である。


6.気と津液の関係気は無形で陽に属し、津液は有形で陰に属している。両者はその性質、形態、機能は基本的に異なっているが、その反面密接な関係があり、その生成、輸布の面で、共同して作業を行っている。

気は水を化し、水が停滞すると気の運行を阻む

津液の生成、輸布、排泄はみな気の働きに依存しており、気の働きによってはじめて水を化すことができる。たとえば、気化作用が失調すれば、水液は停滞して痰飲や水腫となる。また腎気の不足や膀胱の気化がよく行われないと、小便の出が悪くなったり、全く出ない症状が起こる。更にまた気が滞って行らないと、体液もよく行らなくなり尿の貯留や腫脹が起こる。

また一方、津液の代謝や輸布が失調すると、水滞あるいは痰飲が発生し、そのために気の流通が阻まれて気の機能の阻滞が生じるようになる。

気はよく津液を生じ、津液を固摂する。津液が脱すればそれにつれて気も脱する

津液は飲食物の営養分の化生から生じている。胃腸の気の働きが旺盛であれば、正常に運行し、津液も充足している。これに反して営養分の吸収が十分でないと、気の機能は衰えて無力になり、津液の生成に影響して不足を生ずる。また気は、津液の排泄を制御するという固摂作用がある。気虚になって固摂作用が衰えると、多汗や多尿、遺尿などの津液流出という病理的現象が発生する。

また一方では、気は津液につき添って存在している。気が津液を離れて寄り添う所がなく、フワフワと中に浮いた状態になると、気は次第に損耗してしまう。臨床上では、発汗が適当でないために大汗が流れ出て、また大量の嘔吐、下痢などで津液が失われるばかりでなく、気もまたこれに随って損傷を受け、津液が脱するにつれて気も脱するという重症に陥る。

7.血と津液の関係津液は血液組成の一部分である。津液中の一部分が血管内に入って、変化して血液を作っている。津液の多少は血液の量の多少と相互に影響し合っている。たとえば大出血の時、口渇、皮膚乾燥、尿少などの津液不足の症候が現われる。津液が傷耗されると血液の生成不足を起こす。つまり津液が枯れて血燥が生じる。

8.気、血、津液、精の関係の概括気、血、津液、精のそれぞれの関係は前述した通りであるが、これらの一体的な関係をわかり易くするため、一つの比喩で説明することにする。

人が成長し生活していく姿を蒸気機関車の前進にたとえる。

蒸気機関車 人

種火<タネビ> 精(先天の精)

石炭 血

水・車軸の潤滑油 津液

蒸気 気


蒸気機関車は、圧力の高い蒸気の力をピストン運動に変えることによって、強力な推進力を生み出している。その原動力は蒸気である。

先ず、種火に火をつけて(先天の精、人の誕生)少しづつ石炭を投げ込み火力を強くし、一杯に満たした釜の水を次第に温め、休みなく石炭を補給して、最後は熱湯になったものから、爆発的に蒸気に転化させてエネルギーを発生させ、蒸気機関車の推力を生み出すのである。この間、石炭と水は絶えず補給しなければならない。石炭をよく燃焼させるためには必ず通気をよくしなければならず、それと同じく血が気に変化する過程においても気の協力が必要である。

また津液の粘度の高い部分は車軸の潤滑油として、機関車の前進を助ける。このように、蒸気、石炭、水、種火(気、血、津液、精)が一体となって蒸気機関車の推進、つまり人体の成育維持に協調し関与している。この場合、気は先頭に立って血、津液を引っ張っている。いわゆる「気は血の帥となす」、「気行れば血行る」である。

脈を診る

この時期、病院で患者を診察しているとやはり風邪をこじらしている患者が圧倒的に多いです。上海人の多くの患者は家庭に抗生物質を常備していることが多いため、病院に来る患者はたいてい薬を切らした人、そして抗生物質を服用しても効き目のない人などですが、私は彼らには中薬を服用してみることを勧めています。意外と中薬をはじめから馬鹿にして飲もうとしない上海人が多いですが、服用して効果がある場合も多く、無視するわけにもいきません。そして患者が来たらまず我々がする動作は脈を診ることから始まります。脈をとりながら患者とコミュニケーションをとる場合が多いです。それだけ中医学では脈の役割は大きいと言えます。脈で分かった情報を患者に伝えると、「そうだそうだ。」と納得し、より一層我々の意見を聞いてくれるようになります。では脈診とは何か、今回はこれにスポットを当ててみます。

中医学を使って病気を診断する時に、「望、聞、問、切」という4つのプロセスを踏むことは大抵の中国人なら知っています。望とは患者の皮膚の色や、状態、舌の様子、精神や意識の状態を観察することを指し、聞とは呼吸や声などの様子を聞き、同時に患者が発する臭いなどを観察することを指し、問とは病人に対してさまざまな問診をすることを指します。そして切とは、脈に触れてその状態の変化から体のどこにどんな病気があるのかを理解します。そのため中国語では脈を診ることを「切脈」という表現をします。あくまでもこの4つの情報を総合して診断を下すわけですから、脈だけですべてが分かるというわけでもありません。超音波やX線、心電図もない古代人にとって、これは体の中の様子を知る手がかりとして画期的なものであったわけですが、もちろん医者の感覚に頼るところも多く、そこからも絶対的というわけにはいきません。しかし脈の動きには一般的に以下の24種類が定義されています。それぞれ浮、沈、遅、数、?、洪、滑、渋、弦、緊、伏、促、代、革、実、微、細、柔、弱、虚、散、緩、動、結、表現します。

脈との関係

なんといっても脈と心の関係は欠かすことができません。心も陰陽論から陰と陽にわけて考えると、陰が盛んな時、脈拍数は下がり、人の活動は抑制されますが、陽が盛んな時は脈拍数が上がり、人間も興奮状態になります。従って脈が力強い、弱い、規則正しい、不規則などは心の気と深くかかわりがあることが分かります。そのほか脈は血とも関係があります。気、血は人間を構成しかつ生命活動を維持する上で極めて重要な役割を果たしています。気や血は脾、胃で作られ、それが全身を駆け巡ります。血は肝臓にも貯められます。そして肝がその量を調節しています。腎は元気の根源であり、全身の陰陽の源であることから腎が満ち溢れていると脈には力が溢れてきます。このように五臓六腑、気血が脈とすべて関わりあっていることがわかります。なお中医学でいう五臓六腑についてはこちらをご覧ください。

どこの脈を診るのか。

脈を診る、という行為の歴史は古く、紀元前5世紀の書物『史記』にすでに記載があり、その後『黄帝内経』、『難経』など中医学のバイブル書には多かれ少なかれ載っています。西晋の時代になって書かれた王叔和の『脈経』は漢以前の脈診をまとめた現存する最も古い脈診の専門書で、もちろん日本の漢方に与えた影響も大きいです。そこでここではいま臨床上で一番よく使われる寸口診法を紹介しましょう。

寸口診法とは左右の手首にある橈骨茎状突起と呼ばれる場所にある部分の動脈の鼓動を観察するものです。ではなぜこの場所の脈を取ることで全身の五臓六腑の状態が分かるのでしょうか。ここでは一般に鍼灸で使う経絡やツボの理論を使って説明します。経絡とは血や気が体中を走る経路であり、臓腑を連絡しあい、全身に網の目のように張り巡らされています。実はこの位置にその経絡の中でも手太陰肺経という経脈が通っています。これは中焦という腑を出発し、大腸、横隔を通って肺とつながると腕を通って親指の方へぬけていきます。臓腑のすべての気や血は必ず肺に集まる「肺朝百脈」という理論から、この手太陰肺経という経脈は臓腑の生理病理状態を知る上で非常に大切だと分かります。そのなかでも橈骨茎状突起付近にある動脈が脈打つところには太淵とよばれるツボがあり、ここは「八会穴」と呼ばれ、臓腑気血筋脈骨髄の8つの気が集まる場所とされています。従ってこの寸口という場所は非常に大切だとわかります。でもこれだけでは非常にあいまいです。そこで歴代の医学者たちはそれぞれの臨床経験からさらにこの寸口という脈の部分を親指側から寸、関、尺と3つの部分に分けました。

そしてそれぞれの部分に五臓六腑を割り当てたのでした。ではどのように分けたのかは、理論が百出しているようですが、大まかには解剖学的位置から五臓六腑を当てはめていったという説が一般的です。つまり

 部分: 寸 関 尺

 左手: 心 肝 腎

 右手: 肺 脾 腎

ということになります。これは現代の中医学でも広く使われており、この脈の各部分の位置は非常に重要です。この位置を基準にそれぞれ臓腑の脈の動きの違いを医者は指先から感じ取り、上記の24種類の脈に分類し、そして診断の参考にします。

実際問題、診断をするときにどの程度脈診を使っているかは医者の癖もあり一概には言えません。あくまでも相対的なものであるという意見がほとんどです。しかし医者が思考した「証」が正しいかどうかを確認するためにも、脈はやはり役割を果たしています。一般的に、脈診だけで病気を当てるというようなことは非常に難しいのです。


1.陰陽について

中国に古くからある「陰陽」概念。これは中国医学の中にも取り入れられています。西洋医学では人間の身体を細分化して分析する点は優れていますが、人体をトータルで診ているという点が足りないとよく指摘されます。

その点東洋医学では人体をトータルで考えバランスを取っていくようにしますので、特に養生法(予防用)としては西洋よりも優れているといっていいでしょう。

バランスを取るという所で陰陽のバランスも関ってきます。自然でいうと「月が陰」「太陽が陽」はよく知られていますね。太陰暦とは月の動きを重視した暦ですからね。

男女でいうと「女が陰」「男が陽」ですね。これらは陰が暗いとか陽が明るいとかいう単純なものではなく、お互いが必要な要素であってバランスを取っていると考えた方がいいでしょう。

身体の中にも陰陽があると中国医学では考えます。体の上部は陽、下部は陰、背中は陽、腹部は陰という感じです。

ただ単純に陰陽の2つに分類されるわけではありません。

例えば

心・・・陽中の陽

肺・・・陽中の陰

腎・・・陰中の陰

肝・・・陰中の陽

脾・・・陰中の至陰

という感じに五臓のそれそれの中にも陰陽が合わさっています。

中国医学の古典文献「黄帝内経」には

「陰陽離決すれば、精気乃ち絶す」とあります。

ですのでそれらのバランスを取っていくことで健康にしていくというのが中国の養生法の考えのようです。

太極拳や導引法などの中国的養生法もこのような古くからの考えに基いていますので、健康法としても効果があるのでしょうね。

ただどうしても中国医学(東洋医学)は経験に基くものが多いですから科学的検証に乏しい部分もあります。

その辺はこれから西洋医学と一緒になって検証していくともっと精査されていいものになっていくんじゃないでしょうか。

2.生理過程

日本ではある年齢の節目には健康に注意した方がいいという考えから「厄年」がありますね。ただ厄年になってからといって皆が病気になったり事故起こすわけではないですから、あまり神経質にならない方がいいでしょうね。

中国の古い考えでは男女別にもっと細かく生理過程について説明をしています。

*女子

7歳・・・腎気が満たさる

14歳・・・任脈のびやかになる

21歳・・・腎気充満し、身体のびきる

28歳・・・筋骨しっかり強壮

35歳・・・顔面やつれ始め頭髪も抜け始める

42歳・・・顔面やつれ頭髪白くなる

49歳・・・月経が停止、身体衰える

*男子

8歳・・・腎気充実

16歳・・・腎気旺盛、子つくりができる

24歳・・・筋骨しっかり身体のびて盛ん

32歳・・・筋肉強壮、肌豊か

40歳・・・腎気衰える、頭髪抜ける

48歳・・・顔面やつれる

56歳・・・肉体疲労極まる

64歳・・・歯抜け、頭髪落ちる

女性が7の倍数、男性が8の倍数というのが面白いですね。昔と今では平均寿命も違いますので、そのまま当てはまるわけではないですが、何もしなければ段々元気がなくなっていくということでしょうね。

ただ、これには続きがあって、「養生をわきまえている人は肉体は容易に衰えません」とあります。

太極拳や導引法などの養生法で何故長生き・長寿に結びつくのかというのがこの辺と関っているようですね。

朝早く起きて体操しているから健康で長生きという単純なものではないのです。精気を高めていくことで生命力をアップさせて、年齢を重ねても元気で過ごせるという先人達が創った技術がそこに入っているのですね。改めて中国の技術は深いですね〜

3.経絡について

「経絡」という言葉はだいぶ日本にも定着してきましたね。マッサージや鍼灸・整体業界ではよく使う単語です。

漢方の辞典によれば

「人体内の経脈と絡脈の総称である。すべて直行する幹線を経脈といい経脈から分かれ出て網目のように身体各部に分布している支脈を絡脈という。経絡は全身の気血を運行させ、臓腑肢節を連係させ、上下内外を通じさせ、体内の各部分を調節する通路である」

と記されています。一言で経絡といっても沢山種類はあって十二正経・奇経八脈などはよく業界で知られています。

その経絡の特定のポイントを穴、所謂ツボと言います。マッサージや鍼灸などはこのツボを利用することで症状を緩和させる狙いがあります。

この経絡は解剖学的に視覚で認識できるものではないですから、何となく信じがたく思う人もいるとは思います。

しかし、ツボ治療を体験した人でしたら、何故肩コリなのに手をある部分を押すことで軽減するのか実感できると思います。

経絡治療でしたらどこが効くのかを知れば自分でも出来ますし、薬のように副作用に悩まされることもありません。

これも養生法の一部といっていいでしょうね。

巷には沢山本が出ていますので、興味のある方は一度試してみてはいかがでしょうか?


4. 弁証の要約

[診察法・四診]

 四診:中医学独特の診察法で望診・聞診・問診・切診の4種類に分けて診察する方法です。以下の表4ー1を見ながら確認してください。

望診は病人の顔色、表情、姿勢そして舌の色や状態などを診る。聞診は病人の音声や呼吸そして臭いなどを診る。問診は病人の病歴や症状について質問する。切診は両手首の脉の遅速・緩慢・強弱・形状などを診る。

 表4ー1;四診

[診断法・各種弁証]

 弁証:四診を根拠に病人の現在の状態を認識した結果を弁証と言う。簡単に言えば中医学によって得た診断と言えるでしょう。その弁証方法は各種あり病気の原因や病位(病変の部位、例えば経絡や気血または臓腑などを指す)の違いによって、最適な弁証法を一つ選ぶか、幾つか組み合わせて弁証を行います。ここで必要なことは、病気の種類や状態によって色々な弁証があるということを理解しておいて下さい。参考に例を挙げると、感冒には外感熱病弁証を中心に弁証し、単純な運動器疾患には経絡弁証を中心に弁証します。以下に、各種弁証の簡単な紹介をしておきます。

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5. 論治の要約

[論治]

 論治:弁証を根拠に治療の手段と方法を確定することを論治という。治療手段には治療原則(治則)があり、この治療原則から導かれた具体的な措置を治療法(治法)と言っている。だから、論治には治則と治法が含まれている。

[治療原則]

 治療原則:治療原則(以下、治則)は長期にわたる医療実践から総合され作り出された治療の規則である。だから、中医学の治療はこの治則から導き出されている。それぞれの治則を簡単に紹介しておきます。

 標本治則;複雑な疾病の主次(本末)・軽重・緩急に対する治則。例えば、発作期と緩解期の治則などがある。

 正反治則;正治法と反治法がある。正治法は現れている病証に反対の治療を行うことで、熱には寒をもって行う治則や虚には補をもって行う治則などである。反治法はこの疾病の現れている病証と本質が一致しない場合の治則であり、熱には熱をもって行う治則などがある。

 陰陽治則;疾病発生の原因の中に、陰陽の相対的な平衡が失われた場合がある。このような時に陰陽治則が使われる。例えば、陰が盛んで冷える場合は陽を盛んにさせて冷えを治すなどがある。

 五行治則;主に、五臓の相互関係に支障が生じた場合の治則である。《難経》での“虚則補其母”や“実則瀉其子”などがこれに相当する。

 補瀉治則;正気と邪気が互いに闘争している場合の治則である。例えば、体力が低下している人が感冒になった場合などの治則である。

 相因制宜;疾病治療に際して、季節・地域・体質などを考慮して適切な治則を行うことを指している。例えば、夏に感冒となった場合は発汗法をやり過ぎて体内の水分を消耗させないという治則などがある。

[治療法]

 治療法:疾病治療の具体的な方法で、治法ともいう。常用する治法として、汗・清・吐・下・補・温・和・消法がある。その他、理気法・理血法・固渋法・鎮痙法・開竅法などもある。具体的内容は基礎理論編で紹介します。

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陰陽学説

1. はじめに

 陰陽・五行学説に始めて出会った時は、「あまり医学と関係なさそうだな」と考えて殆ど飛ばし読みしてしまいました。ところが先へ進むにつれて「やはり中医学の根幹をなしているものなんだ!」ということに気付き慌てて学習しなおしました。そして、先へ進むと臨床においても大切で役立つことがよ〜く分かります。

 どうか初学者のみなさま方、陰陽・五行を侮るなかれ!

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2. 陰陽学説とは?

・陰陽学説

 陰陽とは、自然界に存在する相互に対立している事物や現象の属性のことを指しています。この陰陽の属性や陰陽間で生じる運動変化を使って自然を認識し解釈する一つの理論が陰陽学説です。この理論を人体へ応用し生理や病理現象を解釈し、それによって陰陽学説に基づいた治療法が導き出されています。

 人体の組織器官や生理機能を陰陽で表現すると、次のようになります。

組織器官 生理機能

陰 体内部 腹部 下部 五臓 血 寒 衰退 抑制 静

陽 体表部 背部 上部 六腑 気 熱 亢進 興奮 動

・陰陽の内容

 陰陽の内容について説明すると、次の四つにまとめることができます。

陰陽の対立・依存は陰陽が存在するための条件である


陰陽の消長・転化は陰陽機能の動的側面を表している


3.中医学の中の陰陽学説

 ここでは、上で述べられた陰陽の内容が中医学の中でどのように表現されているのかを見て行きましょう。そうすることで、陰陽の内容をより具体的に理解することができるでしょう。 

・生理機能面

陰陽の対立(対立制約) 相対立している寒熱で言うと、寒(陰)が熱(陽)を制約し、熱(陽)が寒(陰)を制約して一方が亢進するのを押さえている。

陰陽の依存(互根互用) “気為血之帥、血為気之母”とは、血(陰)は気(陽)の推動作用により流れ、気(陽)は血(陰)より生じる。この関係が陰陽の依存。

陰陽の消長(量的変化) 興奮は陽、抑制は陰。夜間は抑制が主で“陰長陽消”、日中は興奮が主で“陽長陰消”となり一昼夜で陰陽間は相対的平衡状態にある。

陰陽の転化(質的変化) 腎陰が化生し腎陽となる・腎陽が蒸化し腎陰となるような質的変化を指して陰陽の転化という。


 ここで分かりにくい陰陽の消長と転化についてチョット補足したいと思います。陰陽消長の場合、ある時点で陰陽の量的不均衡があってもトータルでみれば陰陽の量は相対的平衡状態が保たれてることを表現している。陰陽転化の場合、一般に病的側面としての説明が多いのですが、陰陽の量的変化が一定の条件に達すれば質的変化が起こるという生理機能を陰陽は具えており、これを陰陽の転化と言っている。

・病理変化

 病的変化とは、陰陽の協調平衡状態が破壊されたことつまり陰陽の失調を指すのです。陰陽失調とは、陰陽の偏盛や偏衰のことで、例えば、陽の偏盛により熱証・陰の偏衰により寒証・陽の偏衰で陰の偏盛となり寒証・陰の偏衰で陽の偏盛となり熱証などがある。その他、陰陽の偏盛や偏衰が限度を超えると、つまり陰陽の量的変化が極まると、陰陽の質的変化つまり陰陽の転化が生じて、“寒極生熱”や“熱極生寒”が出現する。

・治療面

 治療法は陰陽の失調状態を正常にすることである。簡単にいえば“足りないものは補い・有余なものは除く”のである。針灸で言えば、“足りないものには補法・有余なものには瀉法”を用いる。また、《素問・陰陽応象大論》:“故善用針者、従陰引陽、従陽引陰、以右治左、以左治右、…”と表現されているように、従陰引陽とは胸腹部(陰)の募穴を用いて六腑(陽)の病を治す或いは陰経の経穴を用いて陽経の病を治す;従陽引陰とは背部(陽)の兪穴を用いて五臓(陰)の病を治す或いは陽経の経穴を用いて陰経の病を治す;以右治左とは右側の病を左側の絡脉を刺す;以左治右とは左側の病を右側の絡脉を刺す方法も紹介されている。

 以上紹介した治療法はすでにみなさんもご承知のものでしょうが、こんなところにも陰陽学説の考え方が反映されているのです。

五行学説

1. はじめに

 中国の古人は、木・火・土・金・水を自然界に存在する最も基本的な物質と考え、これら五種類の運行を五行と言った。この運行とは“相生”・“相克”で表される関係によって運動変化していることを指しています。

 ところで私たち針灸師にとって、五行学説でとても大切な所は、五行による針灸配穴法です。ですから、五行の相互関係をしっかりと学び臨床で役立つ知識としましょう!

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2.五行学説とは?

・五行の特性

まずは五行の特性を表にして、その後で分かり難い漢字の説明をしましょう。


五行の特性   具体的な特性


木は曲直   生長、升発、条達、舒暢

火は炎上   温熱、升騰

土は稼穡   載物、生化、受納

金は従革   清潔、粛殺(降)、収斂

水は潤下   寒涼、滋潤、向下


 中医学で使われている漢字は、私たち日本人にとって見てなんとなく分かるものです。しかし、そこが意外と落とし穴なのです。分かったつもりでも言葉で説明できないことが多いものです。チョット煩雑かもしれませんが、わかりにくい漢字の説明をその都度加えていく予定です。曖昧さを残さないのが大事です。

曲直;樹木の枝や幹が曲ったり真直ぐに伸びて行く様子を表している。

条達;木の枝が伸びるように、四方に伸び通じること。

舒暢;伸び伸びする様子。

稼穡;稼は植え付ける。穡は取り入れる意味。

載物;載の字は“車プラス在”から成り立っており、落ちないようにして車

   に物を「のせる」意味。つまり物を運ぶという意味。

従革;金が条件に従って変形することを指している。

粛殺;秋の気候が厳しく草木を枯らすという意味で、だから金は秋に属す。

   また、“粛降”は、静かに降りるという意味である。

収斂;引き締める・縮めるの意味。

・五行間の関係

 正常な五行関係には、相生・相克関係があり、病的な五行関係には相乗・相侮関係がある。それぞれの関係については以下に説明します。

《正常な五行関係》

相生関係:五行の各々の一行は、定まった他の一行に対し滋生・助長・促進する作用を具えている。

相克関係:五行の各々の一行は、定まった他の一行に対し制約・克制・抑制する作用を具えている。

 五行の中で不足や衰微が生じれば相生関係によって滋生や促進がなされる。例えば、金が衰微すると土によって金は補われる;もし五行の一つに有余や亢進が生じれば相克関係によって制約や抑制が働く、例えば、木が亢進すると金が木を抑制する。このように、正常な状態に回復する関係が存在している。

 分かり易く図で示すと以下のようになる。



相生関係;木は火を生じ・火は土を生じ・土は金を生じ・金は水を生じ・水は木を生ず。これは、母子関係ともいう。相克関係;木は土に克ち・土は水に克ち・水は火に克ち・火は金に克ち・金は木に克つ。“克つ”と言うのは相手を負かすことではなく、抑制することを意味している。

       図1:正常な五行関係図

《病的な五行関係》

相乗関係:相克関係の過度な現象を指している。この現象があって始めて病的な状態となるので、相克でなく相乗と言って区別している。

相侮関係:相克関係と反対の克制関係のことである。本来ありえない状態であるため、病的な関係の一つとして表現されている。

 相乗関係が生じるには二通りの場合がある。木を例にすると、一つは木が強くなり過ぎて土に対する相克が太過となる;二つ目は木は正常にもかかわらず土が衰えているため、相対的に木が土に乗じることになる。以上のように二通りの場合があるので、両者の関係をきちんと把握する必要があります。

 その他、相乗と相侮の関係が両方見られる場合がある。ふたたび木を例にすると、木が強くなり過ぎて木乗土が現れ、さらに木侮金も現れることがある。 図で示すと以下のようになる。

相乗関係;木乗土・土乗水・水乗火・火乗金・金乗木と言う。相克関係の過剰状態を指す。

相侮関係;木侮金・金侮火・火侮水・水侮土・土侮木と言う。反克関係とも言う。

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3.中医学の中の五行学説

・五臓と五行の関係

《五臓の五行への帰属》

 五臓を五行へ帰属させる根拠は、五臓の生理機能と五行の特性とを合わせておこなっています。それを表にして示しましょう。五臓の生理機能についてはまだ説明していないので、臓腑学説を学んでから確認する方法もありますが、表の後で、分かりやすい言葉で説明してみました。


五行 五行の特性 五臓の生理機能

木 生長、升発、条達、舒暢 肝は疏泄機能がある

火 温熱、升騰 心は血液輸送機能がある

土 載物、生化、受納 脾は運化機能がある

金 清潔、粛殺(降)、収斂 肺は粛降機能がある

水 寒涼、滋潤、向下 腎は尿液の生成排泄機能がある


・肝の疏泄機能とは気の働きを身体の隅々まで行き渡らせる機能であり、木の条達や舒暢と類似している。

・心の血液輸送機能によって温熱を全身に行き渡らせている。そして心が拍動を維持している様子と火の燃え盛る躍動感が類似している。

・脾の運化機能とは飲食物を吸収し輸送することであり、土の載物や受納と類似している。

・肺の粛降機能とは水液や営養物質を下に降ろし、また肺と呼吸道を清潔に保つ機能であり、金の清潔や粛降と類似している。

・腎は尿液生成と排泄機能だけでなく水分の生成・輸送・排泄機能も持っているから、水の滋潤や向下と類似している。

このように類似させて五行と五臓の関係が出来上がりました。

《五臓間の相生・相克関係》



 相生関係 

 肝生心;肝の血液貯蔵と血量調節機能が心の血液輸送機能を援助する。

 心生脾;心火の温煦機能が脾の消化吸収機能を援助する。

 脾生肺;脾が吸収した営養物質を肺に送り、肺の機能を援助する。

 肺生腎;肺が水液を下降させ腎を潤し、腎機能を援助する。

 腎生肝;腎中の精気が肝を涵養して、肝の機能を援助する。


 相克関係

 肝克脾;肝により湿邪(湿は脾に属す)が停滞するのを防止している。

 脾克腎;脾により腎水の氾濫を防止している。

 腎克心;腎水により心火の亢進を抑制している。

 心克肺;心火により肺に寒邪が停滞するのを防止している。

 肺克肝;肺の粛降により肝の亢進を抑制している。

まだ臓腑学説を学んでいないので分かり難いと思います。まずは五臓間の相生・相克関係を把握することです。内容は臓腑学説が終わってから確認して下さい。

・五臓間の病理関係

 まずは、五臓間の病理関係の図を紹介します。

この図を見て、変だなと思った方も多いことでしょう。一つは相生関係は病的な関係ではないのに、なぜ病理関係に含まれているのか、それは母病が子に及ぶ・子病が母に及ぶ関係を表しています。もう一つは相乗・相侮関係が全て揃っていないからです。その理由は、相乗・相侮関係は機能亢進状態によって引き起こされるものだからです。でも脾実証や肺実証があるではないかと言われるでしょうが、その場合は病邪による実証であったりその臓の経絡の実証なのであり、脾自身の亢進状態が腎機能を抑制する病証はありません。そのために全ての相乗・相侮関係が揃わないのです。例えば、腎陽虚衰により水飲が体内に溢れて心を犯す“水気凌心”証などは相乗関係のようですが、病理産物が心を犯していて腎自体の亢進によるものではないから含まれないのです。ここで、大切なことは五行関係で全ての病証が説明できないから、価値がないと考えないで欲しいのです。臨床上、この関係による病証は存在しておりまた有効な治療法もあるのです。このことは、次の治療面で紹介します。


・治療面

 五臓の病理関係図と下の表を見ながら、治療法の名称をよ〜く味わってください。上手に命名されていますよね。まずはそれくらいにしておきましょう。経絡経穴学そして弁証論治が終われば、より具体的にどの経穴を使えばよいか分かるようになります。


番号 病証 五行関係の病理 五行関係の治療法

(1) 心肝火旺証 “母病及子”・“子病及母” 実則瀉其子

(1) 心肝血虚証 “母病及子”・“子病及母” 虚則補其母

(2) 心脾両虚証 “母病及子”・“子病及母” 益火生土法

(3) 脾肺気虚証 “土不生金”・“子病及母” 培土生金法

(4) 肺腎陰虚証 “母病及子”・“子病及母” 金水相生法

(5) 肝腎陰虚証 “母病及子”・“子病及母” 滋水涵木法

(6) 肝脾不和証 “木乗土” 抑木扶土法

(7) 脾虚水泛証 “水侮(反克)土” 培土制水法

(8) 心腎不交証 “火侮(反克)水” 瀉南補北法

(9) 火盛刑金 “火乗金” 特別な名称なし

(10) 肺虚肝旺証 “木侮(反克)金” 佐金平木法


 母病及子:例えば、肝木が病になればその子である心火にも病が及ぶ。

 子病及母:例えば、肝木が病になればその母である腎水にも病が及ぶ。 

 実則瀉其子:例えば、肝木が実(亢進状態)となればその子である心火を瀉す治療法のことである。具体的には、肝経の火穴を瀉す・または肝の子である心の経絡にある火穴を瀉す方法がある。

 虚則補其母:例えば、肝木が虚(衰弱状態)となればその母である腎水を補う治療法のことである。具体的には、肝経の水穴を補う・または肝の母である腎の経絡にある水穴を補う方法がある。上の表にある益火生土法、培土生金法、金水相生法、滋水涵木法はみなこの治療法を採用している。

補足説明(かなり専門的な記述です。弁証論治が終了してからでOK)

(1)〜(5)は、母子関係による病証とその治療法。

(1)心肝火旺:肝火が心に及ぶ又は心火が肝に及ぶ。治療法は実則瀉其子。

   心肝血虚:肝血虚が心に及ぶ又は心血虚が肝に及ぶ。治療法は虚則補其母。


(2)心脾両虚:病証と治療法が一致しない例。益火生土法とは、腎陽衰微して脾陽不振の場合。つまり命門の火を益火して脾の機能を助ける。例えば、命門穴や腎兪穴に温灸を施す。


(3)脾肺気虚:脾気虚が肺に及ぶ又は肺気虚が脾に及ぶ。培土生金法とは、脾土を培う(補う)ことで間接的に肺金を生じさせる方法。例えば、太白穴(土経土穴、土は金の母)を使って脾土と肺金を補う。


(4)肺腎陰虚:肺陰虚が腎に及ぶ又は腎陰虚が肺に及ぶ。金水相生法とは、肺金と腎水を同時に補う方法。例えば、太淵穴(金経土穴、金経母穴)で肺金を補い・復溜穴(水経金穴、水経母穴)で腎水を補う。


(5)肝腎陰虚:腎陰虚が肝に及ぶ又は肝陰虚が腎に及ぶ。滋水涵木法とは、腎水を補うことで肝木を補う方法。例えば、復溜穴(水経金穴)を補い腎水と肝木を補う。

(6)〜(10)は、相乗あるいは相侮関係による病証とその治療法である。


(6)肝脾不和:肝旺で脾が乗される又は脾虚で肝に乗される。抑木扶土法とは、肝木を抑制(瀉法)することで脾土に対する相乗関係を除く。例えば、行間穴(木経火穴、木経子穴)を瀉して肝木を抑制する。


(7)脾虚水泛:五行関係で言っている“水侮土”は、水に属する腎が土に属する脾を侮ることであるが、実際は脾気虚あるいは脾腎陽虚による水泛症状のことである。だから、治療は脾・腎を補い、決して腎を瀉してはいけない。治療法は培土制水法。例えば、脾兪穴・腎兪穴の両穴を補う。


(8)心腎不交:腎陰不足で心火を抑制できず火侮水となる。瀉南補北法とは、南に属する心を瀉し、北に属する腎を補う方法。例えば、神門穴(火経土穴、火経子穴)を瀉し、復溜穴(水経金穴、水経母穴)を補う。


(9)火盛刑金:心火が肺金に乗ずる又は心陰虚により内熱が肺金に乗ずる。治療法として、前者は瀉心火を主とし、後者は補心陰を主とする。


(10) 肺虚肝旺:肺失粛降により肝気昇発過多となり、金が肝に侮られる。佐金平木法とは、肺金を佐(たすけ)て肝木を抑制する方法。例えば、太淵穴(金経土穴、金経母穴)で肺金を補い、相克関係により肝木を抑制する。

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4.最後に

 五臓の生理機能の知識がないことを前提に、五行と五臓の関係を説明したので、五行学説はチョット長くなってしまい、焦点がぼやけてしまいました。そこで、次の内容だけは確認しておいてください。

(1)五行の配置。

(2)五行間の相生・相克関係と相乗・相侮関係の内容と違い。

(3)五行関係における五臓の配置。

臓腑学説

1.臓腑学説の内容

 臓腑学説とは、人体の臓腑について陰陽五行学説・古代の解剖知識そして長期にわたる臨床観察に基づいて形成された学説である。その内容は、臓腑の分類と表裏関係・生理的な特徴・病理的変化・臓腑の相互関係について述べられています。

 この学説を正確に理解すれば、臓腑弁証は楽に越えることができます。
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2.臓腑の分類

・臓腑の分類と特徴

 このように、臓の多くは実質臓器で精気の生成と貯蔵に関わる器官である。

一方、腑の多くは空腔性器官で水穀を受け取り次へと伝えて行く器官である。

その他、奇恒の腑の存在もお忘れなく。女子胞とは子宮のことです。

 ・臓腑の表裏関係

 一つの臓と腑を次のように関係させています。その関係の根拠は、経絡の属絡関係と生理・病理上の相互関係に拠っています。この表裏関係は臨床上、病気の伝変する関係としても大切なものです。詳しい内容は臓腑の相互関係で紹介します。

臓 心 肺 脾 肝 腎 心包

腑 小腸 大腸 胃 胆 膀胱 三焦

 心包について:心包絡の略称で、心臓の外側を包む膜でその上に絡脉が在ることから心包絡と言う。主な生理機能は心臓の保護であり、心に代わって邪を受けるため、熱性病で高熱があり意識不明となり譫言が出現した時などに、“邪入心包”などと言われる。そして、手厥陰心包経は手少陽三焦経と表裏関係にあるので、心包を臓の項目に入れてあります。


3.臓腑の生理機能

 中医学では、中国語独特の表現によってその内容を簡潔にそして適切に説明されています。それは漢字一語一語に意味があるので、数語の表現で臓腑の生理機能などを充分に説明できてしまうからです。しかし、同じ漢字文化を持つために、見て何となく理解したつもりになってしまうから、中医学を勉強しても消化不良を起こし途中で投げ出してしまう場合が多いです。そこで臓腑の生理機能については、中国語の表現をそのまま採用してその漢字の意味を把握することで、具体的に理解し臨床でも役立つ知識となるように紹介します。ただし、臓腑の生理機能を全て紹介するには内容が多すぎますので代表的なものを紹介します。

(1)心

心主血脉 “心は血脉(ケツミャク)を主(ツカサド)る”と読みます。血とは血液、脉とは血管のことである。

心は全身へ血液を送り、営養を行き渡らせ、心臓の拍動を維持することを主る。

心主神志 神志(しんし)と読む。神とは人の精神・意識・思惟活動を指し、志とは人の情志活動を指している。

心は人の精神・意識・思惟と情志活動を主宰している。

心開竅于舌 “心は舌に開竅する”という。舌の味覚と言語表現は、心主血脉と心主神志の働きに依存しており、しかも心の絡脉は舌本に連なっている。したがって臨床上、舌の病変は心の機能失調と相関している。

汗為心之液 汗は津液から化したものであり、津液と血の来源は同じでありしかも津液は血の組成部分であるから“汗血同源”という。そして血は心が主るから、汗は心の液であると称する。

参考1:心と血脉の関係は理解できると思いますが、心は人の精神・意識・思惟と情志活動を主宰していることは理解し難いことでしょう。人の精神・意識・思惟と情志活動は心主血脉の機能と密接な関係があります。つまり中医学では、人の神志活動は、充分な血の補給があって正常に機能すると認識しているので、心の機能失調たとえば心血虚になれば精神不安症状や不眠等が出現します。また反対に過度な神志活動も心の生理機能に影響を及ぼし動悸や胸悶などが出現します。以上より心と神志活動の関係が理解できることでしょう。

参考2:“汗血同源”の臨床的な意味は、大汗の患者は必ず血虚となるから放血療法をしてはいけない;大出血の患者は必ず津液は減少しているから発汗を繰り返してはいけないと言う戒めがある。

(2)肺

肺主気 ・呼吸の気を主る:肺の呼吸を通じて、清気を吸入して体内外の気体交換を行っている。

・一身の気を主る:気の生成(衛気、営気、宗気、元気)と気の昇降出入運動に関わっている。

肺主宣発 宣発、宣とは垣根で囲まれた建物の意で、それから「支配領域にいきわたらせる」の意味がある。だから宣発とは肺の支配領域全体に発散しいきわたらせることである。

・体内の濁気を排出する。

・津液と水穀精微を肺から全身に散布し皮毛に達せる。

・衛気を皮毛に達し汗腺の開閉調節を行い、汗を排出させる。

肺主粛降 粛降は清粛・下降・清潔の意味がある。

・清気を吸入する。

・吸入した清気と津液・水穀精微を下降させる。

・肺と呼吸道の清潔を保持する。

肺主通調水道 通調水道とは、肺の宣発粛降機能を通じて、全身の水液の輸布・運行と排泄を疏通・調節することである。


肺主皮毛 皮毛(ひもう)は皮膚・汗腺・産毛などの組織のことである。皮毛は一身の表で外邪の侵入を防ぐ。この機能は肺が衛気を宣発し皮毛に達することで発揮される。

参考1:衛気、営気、宗気、元気については、気血津液で詳しく説明します。

参考2:水液に関係する臓は、肺のほかに脾と腎があります。それらとの違いを明らかにするために、肺の通調水道をもう少し具体的に説明すると次のようになります。

(3)脾

脾主運化 運化とは、輸送と化成を指している。

・水穀運化:水穀を精微に化成し、その水穀精微を吸収して肺および全身に輸送する。

・水液運化:水液を吸収・輸送そして散布させ、体内の水液が停滞するのを防いでいる。

脾主升清 升とは脾気の運動である上に向って升宣する特徴を指しているから“脾気主升”とも言われている。清とは水穀精微などの営養物質のことである。

脾は吸収した水穀精微を上に向って輸送し、心・肺・頭目に送りそれでもって全身を営養する。

脾主統血 統とは統轄・制御の意味で、経脉中の血液を統轄し脉外へ漏れ出るのを防止する機能を指す。

 脾在体合肌肉 脾主四肢 肌肉や四肢を営養するのは、脾の運化と升清作用によって行われている。したがって“治痿独取陽明”と言われている。

脾在志為思 思とは思慮を指し、脾との関係は密接である。思慮過度となれば脾は損われ、脾失健運・気機鬱結となり腹部脹満、食欲不振などが現れる。

参考1:脾の升清機能は、外に内臓下垂しないように働いている。

参考2:“治痿独取陽明”の解説。痿証は四肢の筋肉が衰えて無力となる病証で、四肢・肌肉を主る脾と表裏関係にある陽明胃経を採用して治療することを指している。

(4)肝

肝主疏泄 疏は疏通、泄は発散・升散の意味がある。

・調暢気機:気・血・津液を正常に運行させ、臓腑生理機能の協調関係を維持する機能。

・促進脾胃運化:肝の疏泄機能は、脾の升清と胃の降濁機能そして胆汁の分泌を調節している。

・調暢情志:正常な情志活動は肝疏泄機能に依存している。

肝主藏血 藏血機能とは、血液の貯蔵と配給血量の調節を指している。

肝開竅于目 肝経は上がって目系に連なり、肝気の疏泄と肝血の灌注により物を視ることができる。

肝主筋 筋つまり筋膜は、関節と肌肉を連結する組織(腱・靭帯)。筋は肝によって血液の滋養を受けその機能を発揮する。

肝為罷極之本 罷とは疲と同意語である。“肝為罷極之本”の意味は「肝は疲労の根本である」。つまり、肝の機能が健全であれば筋肉運動の耐久力は強くなり、疲労しないことを指す。


参考1:藏血機能について;血液貯蔵とは、肝内には一定量の血液を貯蔵する必要があり、それにより肝陽の上亢を制御し疏泄機能を正常にする。配給血量の調節は主に肝の疏泄機能によって外周へ送られ、藏血機能によって肝内へ返送される。

参考2:《霊枢・脉度》:“肝気于目、肝和則目能辨五色矣”つまり「肝気は目に通じ、肝気和すれば五色を弁別することができる」という記載がある。

(5)腎

腎主藏精 精とは人体を構成する基本物質であり、生長・発育と生命活動を維持するための物質的基礎である。

腎はその精を貯蔵して生長・発育と生殖を主る。

腎主水 水とは津液のことを指す。

腎中精気の蒸騰気化を通じて、

・津液の生成・輸布・排泄と体内の津液代謝平衡の維持。

・尿液の生成と排泄を主宰する。

腎主納気 納気とは、肺が吸入した清気を腎が摂納して呼吸が浅くなるのを防いでいる機能を指す。

腎主骨 骨を主るとは、腎が骨格の生長・発育と修復を促進する生理機能を具えていることを指している。この機能は腎中精気の盛衰に依ってる。

腎開竅于耳  及二陰 耳に開竅とは、相表裏する膀胱経を通じて脳と耳への関係が生じ、腎の精気は上がって耳を充たし聴力機能を発揮する。二陰に開竅とは、前陰の排泄と生殖能力は腎が主り、後陰の大便排泄も腎の気化機能と関係がある。


参考1:津液の生成・輸布・排泄と体内の津液代謝平衡の維持は、脾胃の運化、肺の宣発粛降・通調水道、大腸主津、小腸主液、三焦気化など多くの臓腑と関係しているが、腎中精気の蒸騰気化がこれらを主宰している。

参考2:腎中精気の蒸騰気化とは、津液の輸布・排泄、そして尿液の生成・排泄を行っている腎の機能の一つである。

(6)胆

胆汁の貯蔵と排泄 胆汁は肝の精気から化生したもので、胆汁の貯蔵と排泄は肝の疏泄機能を通じて行われる。

奇恒の腑 六腑との共通点は、腔空器官で水穀運化を助けている。六腑との相違点は肝の精気が化生した“清浄之液”である胆汁を貯蔵し、かつ胆道は水穀の通り道ではない。


(7)胃

水穀の受納と腐熟 口から入った飲食物を先ず胃が受け取り(受納)、初期消化を行う(腐熟)ことを指している。

だから、胃は“水穀の海”と言われている。

胃主通降 水穀を受納腐熟した後、小腸〜大腸へと順次送り届け、糞便を形成して肛門から体外へ排出する機能を指す。


(8)小腸

受盛と化物 受盛は、胃が初期消化した飲食物を接受すること。

化物は、飲食物に対してさらに進んだ消化をすること。

清濁を泌別する 消化した飲食物を水穀精微(清)と食物残渣(濁)に分別し、併せて水穀精微は吸収し食物残渣を大腸へ送り出す機能を指している。

小腸主液 液とは飲食物を消化して糊状の比較的粘稠な液体成分を指し、これを吸収した水液は営養豊富な水穀精微となる。


参考:泌別の泌とは、狭い隙間から水が流れ出る意味。つまり、水穀精微を吸収して食物残渣とに別けることを泌別という。

(9)大腸

糟粕を伝化する 糟粕とは食物残渣のことである。

糟粕を伝化する機能は、肺・胃・腎・小腸と関係が深く、特に糟粕の伝化は、胃の降濁機能の延長である。

大腸主津 津とは比較的清澄な液体成分を指している。大腸も水液を吸収する機能を持ち、主に津を吸収する。


(10)膀胱

貯尿と排尿 膀胱の生理機能は、尿液の生成・貯存と排尿である。この機能は腎中精気の蒸騰気化作用に属している。


(11)三焦

三焦とは 三焦は全身の気と水液の通り道である。

人体の気は三焦を通じて五臓六腑に散布され、全身に充満し各臓腑の機能活動を推動する。

また水液の運行通路であるから“三焦者、決涜之官、水道出焉”という。

上焦の生理機能 心肺の輸布作用によって、気血津液と水穀精微を霧のようにそそいで全身に散布する機能を持っている。だから“上焦如霧”と言われる。

中焦の生理機能 脾胃の運化作用によって、水穀の運化と精微の化生を行うから、“中焦如◇”と言われる。

下焦の生理機能 腎膀胱と腸の作用によって、尿液と糟粕の伝化と排出を行っているから、“下焦如涜”と言われる。


参考1:決涜。決は疏通する、涜は水道を指すから、水道を疎通することである。

参考2:“中焦如◇”で、◇の文字はサンズイ+区という字で、水に浸っているという意味です。

参考3:“下焦如涜”で、涜とは溝のことであるから排水溝のことを指している。

4.臓腑の病理変化

 臓腑の生理機能が失調したらどのような病理変化が生じるのか、まずは特徴的な病理変化を理解しましょう。さらに詳しい内容は、臓腑病機を学んでいくことにより得ることができます。


(1)心

特徴的な病理変化:血液循環と精神情志の病理変化が主に現れる。

補足説明:動悸は心主血脉の失調だけで生じる訳ではなく、心主神志が失調しても生じます。その他、精神不安も心主神志だけでなく、心主血脉が失調して神志を滋養できなくて精神不安が現れます。舌の場合も神志が失調して話せないこともあります。つまり左の表は一対一の対応となっていますが、実際は相互に影響して現れることをお忘れなく。

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(2)肺

特徴的な病理変化:呼吸器と水分代謝の病理変化が主に現れる。

補足説明:心の場合と同様にそれぞれ独立した病理変化ではありません。しかし複雑になるので、便宜的に表しています。便秘は粛降失調で津液が下降して大腸を潤すことができず起こる。ちなみに肺と大腸は表裏関係にあります。

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(3)脾

特徴的な病理変化:消化器と水分代謝の病理変化が主に現れる。

補足説明:腹部膨満感は、脾の升清と胃の降濁が失調し、腹部の気機が停滞して引き起こされる。
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(4)肝

特徴的な病理変化:自律神経系と消化器の病理変化が主に現れる。

補足説明:脾運化機能に影響してなぜ眩暈が生じるか。肝の疏泄失調により脾の升清機能に影響して、営養物質が頭目に送られず眩暈となる。
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(5)腎

特徴的な病理変化:生長発育と泌尿器系そして水分代謝の病理変化が主に現れる。

補足説明:浮腫は肺、脾そして腎に現れるがその区別はどうするか。肺の場合は呼吸器系の病変を兼ね、脾の場合は消化器系の病変を伴い、腎ではとうぜん泌尿器系病変が合わさって現れることが多いので、区別は意外と容易です。

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(6)〜(11)

六腑は主に消化器系の病理変化が現れるので、まとめて紹介します。

胆・口苦、黄疸(胆の胆汁貯蔵と排泄失調)

胃・食欲不振、嘔吐(胃の受納と降濁失調)

小腸・小便異常(小腸の泌別清濁失調)

大腸・大便異常(大腸の伝化失調)

膀胱・小便異常(膀胱の貯尿と排尿失調)

三焦・浮腫(三焦主決涜の失調)

5.臓腑の相互関係

a.生理機能面での相互関係

 各臓腑の生理機能から、臓腑相互の関係へと進んできました。この関係を理解すると人体の生理機能がより立体的に見えてきて、感心するやら興味が増してきます。病理については後半部分で紹介しますが、この生理機能の相互関係から類推することも可能です。しっかりと把握しましょう。

aー1五臓間の相互関係

・血液運行関係:肝主藏血で血液供給量を調節し、心主血で血液を送り出す。この関係により全身へ営養を供給することができる。

・精神情志関係:心主神志と肝主疏泄(調暢情志)は相互に依存して正常な精神情志活動を営んでいる。

・血液運行関係:心主血と脾主統血によって、血管から血液が漏れ出ることなく血液を運行させることができる。

・水液運行関係:脾主運化水液と肺主通調水道によって、正常な水液の運行を実現している。

・気生成関係 :肺が吸入した清気と脾の運化している水穀精微から気が生成される。

・水液代謝関係:肺は水の上源と言われ、腎と交流して水液の上下流通を行い、同時に水液代謝(津液の生成・輸布、発汗、排尿等)機能を発揮している。

・呼吸機能関係:肺は呼気を主り、腎は吸気を主る。

・精血同源関係:精と血は相互に補いそして相互に転化して、その不足と機能を補い合っている。つまり、腎精と肝血の相互関係。

・疏泄運化関係:肝主疏泄と脾主運化によって飲食物の消化吸収を行っている。この関係は、肝の疏泄機能が脾の運化をコントロールしている。また脾の運化機能は気血化生の源であり、肝の疏泄機能に依存している。

・藏血統血関係:肝の藏血と脾の統血機能によって、血液が妄行しないようにしている。

・先天後天関係:腎主藏精で先天の精を藏するから“先天の本”と言い、脾は気血化生の源だから“後天の本”と言われる。この両者は相互に補い合う関係にある。

・水液代謝関係:腎主水は水液代謝を主宰し、脾主運化水液は水液の停滞を防いでいる。そして、脾の運化機能は腎陽の温煦作用に依存している。

・水火相済関係:腎水は上昇して心火の亢進を抑制し、心火は下降して腎水が凝集しないように働いている。この関係を“水火相済”または“心腎相交”という。

・気血運行関係:心主血と肺主気が相互に依存することで気血が正常に運行される。

・気昇降関係 :肺気は下降を主り“右降”と言われ、肝気は上昇を主り“左昇”と言われている。この両者の関係によって、全身気血の昇降が正常に運行している。

aー2表裏する臓腑の相互関係

肝ー胆 :肝の疏泄機能が胆汁の生成と分泌を調節し制御している。

心ー小腸:病の伝変関係が重要です。詳しくは病理関係で紹介します。

脾ー胃 :一つは、脾の運化と胃の受納・腐熟によって飲食物の消化吸収を行っている。もう一つは、脾の升清と胃の降濁の関係を保っている。

肺ー大腸:肺の粛降機能と大腸の伝化糟粕が相互に依存してその機能を発揮している。

腎ー膀胱:膀胱の貯尿と排尿は、腎中精気の蒸騰気化を頼りにしている。

気血津液:page1.気

1.気とは?

 気とは、宇宙万物を形成する最も基本的な物質のことです。

 人体について言えば、気は人体を構成し、また人体の生命活動を維持する最も基本的な物質である。

 もう少し詳しくいえば、気は二つの面を具えている。広義の気として、前述の最も基本的な物質としての気;狭義の気として、各臓腑組織の生理機能としての気を指している。つまり、物質と機能という両面を具えているのです。具体的に言うと、物質としての気で代表的なのは、腎中の精気・水穀精気などがあります。機能としての気は、血や津液を動かす気の推動作用や臓腑などを定まった位置に固定させる気の固摂作用などがあげられます。

2.気の来源

 気の来源を表にすると以下のようになります。

 この表から分かるように、気の来源は・先天の精気・清気・穀気で、この三者によって気は生成されるのです。ただし、気にも種類がありその生成には若干違いがあり、詳しくは気の種類を参照して下さい。穀気とは水穀精微のことです。

 関係する臓腑は、腎・肺・脾胃です。臨床上、気虚の治療をするとき大切な臓腑となります。

3.気の作用

気の作用は五つあります。その内容を以下のようにまとめてみました。

4.気の種類

気の種類 生理機能 来源

元気 各種ある気の最も基本となる気のこと。その機能は、人体生命活動の原動力であり、また全ての物質的基礎である。 先天の精気と後天の水穀精微が来源で、腎中精気の化生により生じる。

宗気 宗気は胸中に集積し、心肺の脉に貫注する。その機能は:・呼吸道を通り呼吸を推動する・心脉を貫き気血を行かせる。 肺が吸入した清気と脾胃が運化した水穀精微が結合して生じる。

営気 営気は脉中を運行している気。その機能は:・血液の化生・全身の営養である。 水穀精微を来源とし、中焦の脾胃から生じる

衛気 衛気は脉外を行く気で、その運行は活発で迅速。その機能は:・内外の温養・肌表の保護・外邪の防御・月奏理の滋養・汗孔の開閉がある。 水穀精微を来源とし、脾胃から生じ上焦に出て、脉外へ行く。


これらの気が臨床上どのように現れるのか簡単に見てみましょう。

元気について

 過度の肉体労働や精神疲労、または長患いなどによって疲れ易い・動くと症状が悪化するなどの症状は元気が不足しています。この元気を補うには、後天の本である脾胃を中心に治療を行います。先天の精気は父母から授かったものだから、補う方法はなく後天の精気から補充されるのです。

宗気について

 宗気が不足していると、音声が小さいつまり大声が出せません。こんな時は、清気か水穀精気または両者が足りないので、肺や脾胃を補います。また気血の運行が悪い場合、宗気不足と考えることもできます。

営気について

 営衛不和と言って、感冒により発熱し汗が出るメカニズムのことを指す。《傷寒論》の表虚自汗のことで、桂枝湯によって治療する病証である。

衛気について

 衛気が不足すると、容易に外邪の侵入を受け、汗孔の開閉不全で自汗あるいは肌表の温煦不足で悪寒などの症状が現れる。

気血津液:page2.血

1.血とは? 

 脉管中を流れる赤色の液体物質で、

・人体を構成し生命活動を維持する基本物質の一つ。

・精神情志活動の物質的基礎である。

・全身の各臓腑・経絡等の組織器官を営養し潤す作用を持っている。

2.血の来源 

 a.血の来源

 血の来源には次の2つがあります。

 b.血の生成

 上述の来源から、次のようにして生成される。

 以上のように血の生成には、脾胃・肺・腎が関係していることが分かります。ただし臨床上は、血の不足には主に脾胃を中心に治療を施します。そのわけは、腎精は後天の本から補充されるからです。

3.血の作用

 臨床上、血の作用低下つまり血の不足の時、次のような症状が現れる。

全身の営養不良として

 顔色・舌色・肌艶・爪の色が悪くなり、毛髪が枯れる。

 眩暈や目のかすみ。視覚・聴覚の衰え。

 四肢の麻木・活動不利などが現れやすい。

精神情志活動として

 不眠・不安感・多夢そして動悸などが現れやすい。

補足:血の臨床症状として、営養不良というのは容易に想像できるが、精神情志活動に関係していることは、中医学を学ばないと分からないですよね。学んでも見過ごしてしまいますので、しっかりと心に刻んでおきましょう。

気血津液:page3.津液

1.津液とは? 

 気血と同様、整体を構成し生命活動を維持するための基本物質であり、体内にある正常な水液の総称である。脉内では血液成分となり;脉外では臓腑組織間に遍く分布している。

 但し、津液は併称であり津と液は性状・分布と機能において区別があるので、表にして違いをはっきりさせましょう。

性状 分布 機能

津 清澄で流動性に富んでいる 気血の運行に従って全身に流布。外;皮膚・肌肉と孔竅に達す。

内;臓腑・組織・器官に沁み入る。 月奏理に出て汗膀胱に達して尿となる。

液 粘稠で流動性に乏しい 骨・関節・臓腑・脳・髄等の組織に注がれる。 関節・諸竅・脳髄を濡養する。

津・液ともに営養物質であるから機能としては潤し営養するものである。

2.津液の来源

津液の来源は、水穀精微である。

津液の生成は、脾胃によって生成される。

 生成について:胃の受納・腐熟機能と脾の運化機能によって津液は生成されるのであるが、その他に小腸の泌別清濁機能によっても生成される。

津液の輸送は、脾・肺・腎・三焦による。

 輸送について:脾の升清機能により津液を肺へ送りまた運化機能により五臓へ輸布する。肺は粛降機能により下輸そして宣発機能により皮毛へ散布する。腎は腎中精気の気化機能により全体の働きを推進させる。三焦は津液の通る通路である。

津液の排泄(汗液)は、肺による。

 汗液の排泄:主に、衛気の汗孔開閉調節により汗を体外に排泄する。

津液の排泄(尿液)は、小腸・大腸・腎・膀胱による。

 尿液の排泄:小腸の泌別清濁機能と大腸の伝化糟粕機能によって不必要な液体を膀胱へ送る。その液体を腎の気化作用によって尿液に化生し、さらに膀胱の貯尿・排尿機能を援助する。

3.津液の作用

 津液の作用を簡単に言えば、全身を潤わせそして養う・血液粘度調節・関節を滑利にするなどがある。

 臨床上、津液が不足すれば潤いを失う症状が現れる。例えば、口渇や皮膚の乾燥などがある。また肺・脾・腎・小腸・大腸・膀胱等の機能失調によって津液の代謝障害が起こり、水腫、下痢、便秘、小便異常、発汗異常などが生じる。

 さらに、津液は血液粘度調節をしているから、発汗過多によって津液不足になれば血行が遅滞することがある。だから発汗法には注意しなければならない。

経絡学説:page1

1.はじめに

 いよいよ針灸師の“命”である経絡学説に入ります。ここでは、おなじみの経絡図を掲載したり、経絡の定義などを紹介するのではなく、臨床で役立つためには、なにを学んだらよいかを紹介します。ただし、全経絡についてその内容を書くスペースがありませんので、足陽明胃経についてだけ紹介します。その他の経絡については専門書で確認して下さい。

 “経絡を知らずして針灸を語る勿れ”と言うくらい大切なものであり、また経絡を充分に理解すると、針灸の面白さが臨床で実感できますよ。

2.経絡弁証の例

 以前は、中国医学は人を総体として捉える医学であると口では言っているけれども、現実の治療では局所しか見えなかったり、経絡を学ぶ時でも経絡より経穴に熱中していました。人体の内外・上下を連絡し疏通している経絡をキチンと学ぶことで、はじめて人体を立体的に捉えることができるのに随分と遠回りをしてしまいました。

 経絡弁証の例として舌痛患者の場合を紹介します。

 患者さんは食事・会話の時に右側舌辺に激しい痛みがあり、その他は何も症状がないと訴えて来ました。藏象学説から“心は舌に開竅する”ので、舌痛の弁証は心を中心に記載されていることが多いので心の病変と予想したのですが、舌診をすると舌紅どころか舌淡でした。つまり熱証がなく心火による舌痛ではないのです。そうなると取りあえず局所に針刺してみるかと言うパターンで何度か治療をしましたが、効果はまったくなし。ところが、経絡の循行をみると舌に繋がっている経絡は、脾経・腎経・心経があったのです。また《霊枢・経脉篇》に所生病として、"舌本が痛む"という記載がありました。さらに、脾経の地機穴に顕著な圧痛があったので、脾経を中心に治療することで効果をえることができました。

 つまり、臓腑学説だけでなく経絡学説も学ぶことで治療範囲が広がり、局所治療と異なる方法を身につけることができるのです。

3.何を学ぶか

 経絡とは以下の表で示されたものをいい、その全体を経絡系統と言います。この経絡系統はご存知と思いますが、この表を使って最低限度なにを学んだらよいのかを紹介したいと思います。

3-1:十二正経と任脉・督脉の経穴の位置を憶える。

 これはみなさん大丈夫ですよね。だから胃経の経穴は省略します。

 特に五兪穴・十二原穴・十五絡穴・十六ゲキ穴・兪募穴・八会穴・八脉交会穴・下合穴(できれば交会穴)は大切です。因みに、十五絡穴は十二正経・任脉・督脉・脾の大絡の絡穴を指し、十六ゲキ穴は十二正経・陽維脉(陽交)・陰維脉(築賓)・陽足喬脉(足附陽)・陰足喬脉(交信)の合計十六のゲキ穴を指しています。

参考:実は奇経八脉にゲキ穴があることを知らないでいました。十六ゲキ穴と言っているのに見落としていました。これは中国の先生が使っているので分かったしだいです。このことを知って間もなく、臨床で使う機会がきました。中学生の陸上部員が踵から腓腹筋にかけての痛みと拘縮があり、いろいろ治療したが症状が改善されないとのことでした。そこで、奇経八脉の陽足喬脉(足附陽)・陰足喬脉(交信)を選択して治療を行いました。2回の治療で諸症状が無くなりました。この経穴を選んだ根拠は、足喬とは下肢が敏捷で走るのが早いという意味があり、また下肢の内側が拘縮し外側が弛緩する病証に適応するので選択しました。

 ここで、私が強調したいのは経絡・経穴を学べば学ぶほど臨床の応用範囲が拡がると言うことです。今回のように思わぬ効果を得て、古人のすごさに感心し感謝してしまいます。

3-2:十二正経・十五絡・十二経別・奇経八脉の循行を把握する。

 経穴だけでは充分とは言えません。循行を学ぶことで経絡と臓腑の属絡関係の外に、経絡間の連絡・経絡と諸器官の関係・他臓腑間との繋がり・奇恒の腑との繋がり等が得られ、より立体的な構造が見えてきます。そして、3-3:各経の病候と合せることで臨床上有益なものとなります。 かなり多くのことを憶えなくてはならないので、多少うんざりしているかもしれませんが、針灸師としては必要なことだと私は思っています。

 では、どんなことが分かるのか。少し例を挙げて紹介します。

例・肝経の循行を知れば頭頂痛に肝経を使う理由がわかります。

例・腎経の循行で心腎の繋がりから、病の伝わるルートが理解できます。例・三焦経の経気が耳中に入ることから、耳疾患を治療できることがわかります。

例・胃経の経別は心を経ているので、胃火が心に伝わり狂躁症状を呈する理由が分かります。

例・任・督・衝脉の循行は胞中から起こるので、婦人科疾患に常用しています等等……。

 以上のように、経穴だけよりもより生き生きとした人体像を得ることができます。それに臓腑学説が加わるので、今呼吸している人間そのものを中医学的に捉えることになります。

 では、足陽明胃経の循行を紹介して行きましょう。

 《足陽明胃経の循行》

 足陽明胃経は鼻翼傍(迎香穴)より起こり、鼻を挟んで上行し鼻根部で左右が交わる。傍らの内眼角(睛明穴)へ入り足太陽膀胱経と交会する。鼻柱の外側に沿って下り、上歯齦に入り再び出て口の両端を挟んで口唇を廻り、上に向い督脉の人中穴で交会する。下に向ってオトガイ唇溝の所で任脉の承漿穴と交会する。退いて来て下顎の後下方に沿って大迎穴に到り、下顎角の前下方の頬車穴に沿って上へ向い耳の前に散る。耳の前の頬骨弓上縁を経て、足少陽胆経の客主人穴と交会する。鬢髪の縁に沿って、足少陽胆経と懸釐・頷厭で交会し、前額に行き督脉の神庭穴で交会する。

 分支:大迎穴の前から下へ向い頚部に至り喉わきの人迎穴に結ぶ。喉頭に沿って鎖骨上窩の中(缺盆穴)に進入し、背部へ向って行き督脉と大椎穴で交会する。缺盆穴より下へ向って内行し横隔膜を通過し、上月完穴・中月完穴の深部で任脉と交会する。胃に属し、脾臓と絡す。

 直行する支脉:缺盆穴から体表に出て、乳中線に沿って下行し、臍の傍ら(2寸)を挟んで行き、鼠経部の気衝穴に入る。

 胃下口部の分支:胃下口の幽門から分れ出て、腹腔の深層に沿って下へ向い気街部に至って直行する支脉と会合する。それから下へ向い大腿上部前面の月卑関穴に到り、大腿前方の隆起部にある伏兎穴に達し、下へ向い膝蓋の中に入り更に下へ向い脛骨外側に沿って足背へ行き第2趾の外側端に進む。

 脛部の分支:膝下3寸(足三里穴)から一本の支脉が分れ出て、下へ向い第3趾の外側に進む。

 足背の分支:足背(衝陽穴)から分れ出て、第1趾の内側端(隠白穴)に進み、足太陰脾経と連接する。

参考:文字ばかりでイヤになってしまっているかもネ。私も始めはゴチャゴチャしているので、循行はいい加減にしていました。ところが、中国では針灸をするなら循行を知っていて当たり前であり、大いに活用していました。そこでもう一度循行をまじめに学習しました。すると、循行を繰り返し学んでいくと人体を立体的に見る事ができるようになりました。同じことを何度も言っているのですが、ここが経絡学説の眼目なのです。

 《足陽明胃経絡脉の循行》

 足陽明胃経の別れ出る絡脉は、名を豊隆という。外踝の上八寸のところにあり、そこから足太陰脾経の経絡へ行く。

 分支:豊隆より別れ出て、脛骨の外縁に沿って上行して頭部に絡し、諸経の経気と会合する。そして下へ向って咽喉に絡す。

参考:ページの構成上循行をまとめました。しかし、経絡の病候と併せて学ぶことをおすすめします。

 《足陽明胃経経別の循行》

 足陽明胃経の別行する正経は、大腿上部で足陽明胃経から別れ出て、腹中へ入り胃に属し脾に散じて絡す、上に向って心を通過し、更に食道に沿って上行して口部へ到り、鼻梁と眼窩へ伸展して目系と連絡して、足陽明胃経の経脉に帰属する。

参考:経別とは、十二正経から別れ出て胸腹部へ深く入り頭面部に達する支脉であるから、表裏する経脉の体内での連絡を強化している。ただし経別自身に所属する経穴はないので、治療は十二正経で行います。また十二経別は陰経も陽経も頭面部で合流しているから、陰経でも頭面部の治療ができることを示している。

 以上が胃経の循行です。文章を読みながら循行の線を辿って記憶するのではなく、立体的にイメージできるよう病候とあわせながら、あわてずゆっくりと自分のものにして下さい。でも一番早いのは、臨床で使って効果を得ることですけれども、すべて経験するわけにもいかないですからね。

経絡学説:page2

3-3:十二正経・十五絡脉・奇経八脉の病候を理解する。

 これは経絡弁証(経絡自身の疾病として診断する)をする時や臨床症状がどの経絡と関係あるか判断する拠り所となります。このように、診断だけでなく治療する経絡も同時に得ることができます。

 病候とは、経絡と関係のある臓腑・諸器官や経絡の通路上に表れる臨床症状のことを言います。

 代表的な記載は、《霊枢・経脉篇》に詳しく述べられています。次項の4.《霊枢・経脉篇》では要約を載せますので、参考にして下さい。

 《足陽明胃経の病候》

 本経脉気の異常による病変は、悪寒して身震いする、頻繁に腰を伸ばして欠伸をする、額部が黒い。発病時には人と火を見て騒ぎ、木器の音を聞くと恐れ、動悸がして戸や窓を閉めて独居することを欲する。甚だしい時は高所に登り歌い、脱衣して走りかつ腹脹腸鳴症状がある。これは脛部の経気が上逆して引き起こされた病である。

 本経(穴)は血による病証を主治する。

 陽明の熱が勝れば狂し、風が勝れば瘧、温気が勝れば汗出。鼻水あるいは鼻血。口唇に瘡を生じる。頚部腫脹、喉痺。臍以上の上腹部腫脹。膝蓋部腫痛。側胸部〜気街〜大腿前縁〜伏兎〜足脛外側〜足背上部に沿って痛み、足中指が動かせない。本経の気盛んなれば、身体前面が熱し、その熱が胃に有余となれば消穀善飢となり、尿が黄色になる。本経の気が虚せば、身体前面がみな冷えて慄える、胃中に寒があれば脹満する。このような病証は、実ならば瀉法、虚ならば補法、熱すれば速刺し、寒すれば置針し、脉虚で陥下しているものには灸法を用い、不実不虚の病証には本経を取って治療する。

 本経の実証は人迎脉が寸口脉より三倍大きく、本経の虚証は人迎脈が寸口脉より小さい。

参考1:始めのころは、胃経の病候を読んでもサッパリ理解できませんでした。勿論記憶することなど不可能でしたが、臓腑の生理機能や経絡・経別の循行をあわせて読んで行くとよ〜く分かるようになりました。何度も言う様ですが、人体を点や線で理解するのでは無く、立体的に捉えるようにしてみてください。

参考2:本経脉気が発生する病変(いわゆる是動病)と本経(穴)は血による病証を主治する(いわゆる所生病)については、色々な解釈があります。しかし臨床上それらの違いはあまり重要でなく、患者さんの訴える症状から、どの経絡・どの臓腑に問題があるかを判断することが大切です。言うまでも無いことですが、寒熱・虚実の弁別もあわせていますよ。

参考3:人迎脈と寸口脉の比較ですが、実際にしたことがないので何も言えません。ただ、この比較が臨床上価値がないと思っているのではありません。四診のときに虚実の弁別をしているから、比較するのを忘れてしまっています。

 《足陽明胃経絡脉の病候》

 本絡脉が発生する病変は、気が上逆して喉中が腫れ塞がり突然唖になる。実に属するものは癲狂;虚に属するものは足が萎えて弱くなり脛骨の筋肉が細くなる。これらの病証を治療するには、本経の絡穴である豊隆穴を取る。

参考:今すぐ使えそうにない病候でも、頭の隅に置いておきましょう。思わぬ時に役立つ時がくるものです。手太陽小腸経絡脉の疣は、臨床で使われているようですよ。

4.《霊枢・経脉篇》要約

 ここでの《霊枢・経脉篇》は、郭靄春編著“黄帝内経霊枢校注語釈”から私が意訳したものを掲載しています。ただし、全文訳ではなく経絡の病候についての所だけを載せてあります。また、原文も入れるとかなり長くなるので、訳文だけにしました。《霊枢》の日本語訳も出版され、私たち針灸師にとってより身近なものになりました。

 手太陰肺経の病候 

 本経脉気の異常による病変は、肺部が脹満して、気が宣発せず喘咳し、缺盆部が疼痛する、甚だしい時は病人は両手を交叉させて胸を押さえるようになる。これは前腕の経脉の気が上逆して生じたものである。

 本経(穴)は肺による病証を主治する。

 咳嗽・喘息・心煩・胸部膨満感・上肢内側前縁の疼痛と冷感・手掌の熱感が発生する。本経経気が有余ならば、肩背痛み風寒となる、汗が出て中風となる、小便頻繁となるが尿量は少ない。本経経気が虚すれば、肩背が痛み冷える、呼吸が弱々しく短い、尿色が変わる。このような病証は、実ならば瀉法、虚ならば補法、熱すれば速刺し、寒すれば置針し、脉虚で陥下しているものには灸法を用い、不実不虚の病証には本経を取って治療する。

 本経の実証は寸口脉が人迎脉より三倍大きく、本経の虚証は寸口脉が人迎脈より小さい。

 手陽明大腸経の病候

 本経脉気の異常による病変は、歯痛、頚部が腫れる。

 本経(穴)は津液による病証を主治する。

 目黄・口が渇く・鼻水あるいは鼻血・喉頭腫痛・肩前と上肢の痛み・食指が疼痛し動かせない。本経経気が有余ならば、本経が通過するところが熱くなり腫れる;本経経気が虚すならば、悪寒戦慄して容易に暖かさが回復しない。このような病証は、実ならば瀉法、虚ならば補法、熱すれば速刺し、寒すれば置針し、脉虚で陥下しているものには灸法を用い、不実不虚の病証には本経を取って治療する。

 本経の実証は人迎脉が寸口脉より三倍大きく、本経の虚証は人迎脈が寸口脉より小さい。

 足陽明胃経の病候

 前項で紹介したので省略します。

 足太陰脾経の病候

 本経脉気の異常による病変は、舌本が強ばり、食後に嘔吐、上腹部疼痛、腹部が脹りしばしばゲップをし、大便後は腹脹が軽減するが身体は重い。

 本経(穴)は脾による病証を主治する。

 舌根痛、からだを動かせない、食して下らず、心煩、激しい心下痛、大便溏泄・痢疾・小便不利、黄疸、安眠できない、強いて立つと股から膝の内側は腫れて冷える、足の親指が動かせない。このような病証は、実ならば瀉法、虚ならば補法、熱すれば速刺し、寒すれば置針し、脉虚で陥下しているものには灸法を用い、不実不虚の病証には本経を取って治療する。

 本経の実証は寸口脉が人迎脉より三倍大きく、本経の虚証は寸口脉が人迎脈より小さい。

 手少陰心経の病候

 本経脉気の異常による病変は、喉の乾燥、心痛、口渇して多飲、これは前腕内側の経脉の気が上逆して生じたものである。

 本経(穴)は心による病証を主治する。

 目黄、脇痛、上肢内側後縁の疼痛・冷え、掌心が熱い。このような病証は、実ならば瀉法、虚ならば補法、熱すれば速刺し、寒すれば置針し、脉虚で陥下しているものには灸法を用い、不実不虚の病証には本経を取って治療する。

 本経の実証は寸口脉が人迎脉より二倍大きく、本経の虚証は寸口脉が人迎脈より小さい。

 手太陽小腸経の病候

 本経脉気の異常による病変は、咽痛、下顎部が腫れる、振り返ることが出来ない、肩は抜けるように痛み、上腕は折れたように痛む。

 本経(穴)は液による病証を主治する。

 耳聾、目黄、頬が腫れる、頚・肩・肘・前腕の外側後縁に沿って痛む。このような病証は、実ならば瀉法、虚ならば補法、熱すれば速刺し、寒すれば置針し、脉虚で陥下しているものには灸法を用い、不実不虚の病証には本経を取って治療する。

 本経の実証は人迎脉が寸口脉より二倍大きく、本経の虚証は人迎脈が寸口脉より小さい。


病因病機:病因編

病因編:page1

1.病因病機とは何か

 病因とは病気の原因、病機とは病気の発生・発展そして変化していくメカニズムのことであります。病機は分かりにくいですよね。簡単に言えば、病機とはこの病気はどのように生じ・どうなって行くのかを述べているものです。

 検査機器がまだない時代に、医師達は患者を目の前にして、病気の原因とその仕組みをどのように捉え治療を行い、そして発展させてきたのかを知れば知るほど、その発想のすばらしさや洞察力の深さに感心してしまいます。

 この病因病機の学習を通じて病気に対する中医学的な捉え方の一端に触れ、そして臨床で発揮できるよう先人の医案を読むことをお勧めします。この病気をどのように捉えているのかを、読み取るだけでも勉強になりますよ。


2.病因の種類

 病因の分類法は色々ありますが、現在採用されている陳無擇《三因極一病証方論》の分類に従って説明していきます。

 中医学では、病気の原因を三種類に分類しています。一つ目は人体外部からの原因、これを外因という。二つ目は人体内部での原因、これを内因という。そして三つ目は外因でも内因でもない原因、これを不内外因という。つまり、人体外部からの病因・人体内部からの病因・それ以外の病因です。各病因の詳しい内容は、以下の表をご覧下さい。

 さて、上の表を見てどのように感じましたか?多いと思いますか少なすぎますか、しかしこれが中医学から見た病因(但し、伝染性の強い邪気である癘気は除いてあります)なんです。臨床ではどの病因によってこの病気が起きたのか知ることから始めなければなりません。そのためには、これら病因が各々臨床で表す特徴的な症状を理解することですが、それは次の項目で紹介します。 まずは、分かりにくい文字の意味を説明しましょう。

 六淫邪気;自然界の気候現象である風・寒・暑・湿・燥・火の六気が、人体に対して病気を引き起こす原因となった場合に、六淫邪気と呼ぶ。

 七情;七情は人間の精神情緒活動を指し、これが病的になるのは外界の事物に対する過剰な精神情緒反応が生じた場合です。この時に七情内傷という。

 労逸;労とは過労、逸とは安逸を指している。

 病理産物;痰飲やオ血のことを指す。痰飲とオ血の定義はこのページの最後に紹介しました。必ずチェックしておいて下さい。

3.病因(外因)の特徴と臨床症状

 中医学では各病因の特徴を把握しておけば、臨床症状はその特徴から導き出せるものです。ですから下記の表を暗記するのではなく、この特徴からこの症状がなぜ現れるのかを理解していれば、臨床では迷うことなく病因を弁別できます。実際は単独の病因による場合もありますが、複数の病因が絡んでいる場合が多く複雑な症状に遭遇します。しかし慌てることなく丁寧に診察を行えば、どれが主な病因でその他どんな病因が附随しているか理解できるようになります。


外因 特徴 臨床症状

 風 (陽邪) ・風性は開泄で、体表を犯す。

・風性はよく動き、しばしば変化する。 ・発汗、悪風。・遊走性疼痛。病気が多岐に変化。

 寒 (陰邪) ・寒性は凝滞、そして陽気を損傷し易い。・寒性は収引。 ・冷え、疼痛。

・悪寒無汗、関節拘縮。

 暑 (陽邪) ・暑は炎熱の気で、暑性は昇散。

・暑は湿を挟むことが多い。 ・壮熱、多汗、脉洪大。 ・発熱口渇と頭重,肢体倦怠、悪心、嘔吐。

 湿 (陰邪) ・湿邪は気機を阻遏し・脾陽を損傷する。・湿性は重く、濁っている。

・湿性は粘り滞る。

・湿性は下へ向う。 ・胸悶、腹部脹満、悪心嘔吐小便不利、泥状便。   ・頭や肢体の重だるさ、分泌物・排泄物の混濁。  ・大小便不爽。病長期化。・下痢、帯下、下肢浮腫。

 燥 (陽邪) ・燥性は乾燥で、津液を損傷しやすい。  ・口鼻の乾燥、皮膚のあれから咳、大便乾燥。

 火 (陽邪) ・火性は陽に属し、熱性症状を現す。 ・全身の熱性症状。

  

 風邪について

 ・体表を護り温めそして汗腺の調節をしているのは衛気(気血津液を参照)であり、衛気が風邪に犯されると風性の開泄によって、汗腺調節が失調して汗が出る。汗腺が開いているので風にあたり再び侵入されるのを嫌がる(悪風)。ちなみに寒邪の場合は收引性により無汗となる。

 ・痺証では風邪に犯されると疼痛部位が移動する特徴がある。これを行痺といい臨床上とても重要な鑑別ポイントである。

 参考;《素問・風論》には風による病証が数多く紹介されています。

 寒邪について

 ・寒邪といえば冷えと痛みですね。寒邪は陰邪だから陽気を損傷して冷えの症状があらわれます。また“通じなければ痛む”と言う病理から、寒邪が経脉に侵入すると気血が凝結阻滞され通じなくなり、痛みが発生する。だから、冷えると増悪する。

 ・寒邪の収引とは、収縮あるいは牽引することを指している。つまり寒邪が肌表に客すれば肌表は収縮して汗が出ず、衛気も通じなくなり悪寒が生じる。また、筋脉に侵入すれば関節は拘縮して屈伸不利となる。臨床上、関節が腫脹して屈伸不利になるのは湿邪によるものである。

 暑邪について

 ・暑邪は夏季炎熱の気が化したものであり、夏季にのみ病を引き起こす。代表的な病としては、日射病や夏の感冒そして最近では冷房病も暑邪による病である。

 暑邪は陽邪で人体の陽熱を盛んにするので、壮熱や脉洪大となる。

 またその性質は昇散(上昇し発散させる)だから、人体に侵入すると月奏理を開いて汗を発散させる。ただし、風邪による発汗よりも激しいのが特徴。口渇は多汗のため津液が損傷するから生じる。

 ・臨床で暑湿邪による病証として良く見るものは、夏場の消化器疾患で発熱が続き、四肢が重だるい、食欲不振、悪心嘔吐、軟便などの症状が見られる。

 湿邪について

 ・湿邪の性質が重濁・粘滞だから侵犯後は臓腑経絡の気機を阻遏して気滞症状が現れる。例えば、湿邪が上焦に在れば肺の宣発粛降を阻遏して胸悶・中焦に在れば脾胃の升清降濁を阻遏して腹部脹満、悪心嘔吐・大腸や小腸に在れば大便や小便がスッキリでない・経脉に在れば重だるく痛む痺証などが現れる。 脾は陰土であり水液を運化し、乾燥を好み湿気を嫌う。もし湿邪が体内に侵入して留まれば、先ず脾が損傷を受け脾陽は陰邪である湿により損傷される。 ・湿性は重く、濁っている。この性質がそのまま症状として反映されています。つまり頭や肢体の重だるさ、分泌物・排泄物の混濁などが現れます。臨床でも患者さんからこのような訴えをよく聞きます。内湿・外湿を問わずこれは湿邪によるものだ!と判断できます。内湿・外湿は病機で説明しますが、内湿は体内で生じた湿邪・外湿は外因である湿邪のことです。

 ・湿性は粘り滞るというのは、重濁に似て臓腑経絡に留まり気機不暢や気化不利を生じて、大便や小便がスッキリ出ない。またその他に粘り滞ると言うことから、病を長期化させる特徴があります。これは臨床で経験することですが湿邪を取り除くのに本当に苦労します。湿は“しつこい”とシャレて言われることがあります。

 ・湿性は下へ向う。これは湿邪は水性である又は濁り水が沈澱するイメージから容易に想像できると思います。ここで大切なことは湿邪による病は下部症状が多く見られることです。例えば、湿邪が大腸に停滞して下痢・下焦に停滞して帯下・下肢に停滞して下肢浮腫などが現れます。

 燥邪について

 ・燥は秋を主る気であり、その性質は乾燥である。だから人体に侵入すると津液を損傷するので、口鼻の乾燥、肌荒れ、から咳、大便乾燥などが現れる。

 火邪について

 ・火邪は陽邪であるから熱性症状が現れることは容易に理解できると思いますが、この火邪とは炎を持った火ではなく、熱邪のことを指しているのです。六淫邪気を表現する時、熱邪と言わず火邪とするのは中国の習慣らしく私たちを混乱させてくれます。この火邪を理解するポイントは2つあります。

 ・火は熱の極まったもので、熱は火の発展段階のものであり、ともに陽熱に属している。

 ・火は内から生じた火熱を指し、熱は外因としての火熱を指している。ゆえに内因による火熱を火、外因による火熱を熱として表現されている。 

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【痰飲について】

【オ血について】

 オ血とは、血液の運行が悪い或は血管から血が溢出して消散しないなどの原因で血液の塊が形成され、これをオ血という。これが形成された後は気血の運行が悪くなりさまざまな疾病を引き起こす。

病因編:page2

4.病因(内因)の特徴と臨床症状

 内因とは七情内傷のことです。この精神情緒変化が過度になると、人体の気機や臓腑気血陰陽等の失調を起こして病気を発生させる。

 その特徴と臨床症状は以下のようにまとめることができる。

 特徴・は《素問・陰陽応象大論》;特徴・は《素問・挙痛論》;特徴・は《慈済医話》からの引用です。

内因 特徴 臨床症状

喜 ・喜は心を傷る

・喜すれば気が緩む 心主神志だから主に心神不安症状等が現れる。気が緩み固摂作用が失調して自汗する。

怒 ・怒は肝を傷る

・怒すれば気が上る

・怒で心が動じ肝が応じる 怒は肝を傷るから肝失疏泄して肝気鬱結の症状や、怒すれば気が上るから肝気上逆の症状等が現れる。

憂 ・憂は肺を傷る

・憂すれば気が鬱す*

・憂で心が動じ肺が応じる 肺主宣発粛降だから肺失宣降症状も現れるが、主に肝脾の気機鬱結症状等が現れる。

思 ・思は脾を傷る

・思すれば気が結ばれる

・思で心が動じ脾が応じる 思は脾を傷り、脾主運化だから運化失調症状等が現れる。

悲 ・

・悲すれば気が消える

・悲は五志の憂に隷属** 悲則気消・肺主気より、肺失宣降症状が現れるほかに、悲は憂・思と密接な関係があるので脾の運化失調症状等も見られる。

恐 ・恐は腎を傷る

・恐すれば気が下がる

・恐で心が動じ腎が応じる 恐怖した時は気が下がり下焦に集るので、胸中空虚となり不安感;腎主二陰よりニ便失禁;腎は作強之官だから四肢無力等も見られる。 

驚 ・

・驚すれば気が乱れる

・驚は五志の恐に隷属** 驚により気が乱れ、心神が定まらず動作が乱れ甚だしくは卒倒する。但し、本来心胆気虚がある場合によく見られる。


参考1:憂すれば気が鬱す*、《素問・挙痛論》にこの記載はないが、「中医病因病機学」(宋鷺冰主編;人民衛生出版社)“憂則気鬱、思則気結、憂思不解則肝脾気機鬱結”から採用した。

参考2:悲は五志の憂に隷属**。五志を七情の中から喜・怒・憂・思・恐とする。なぜなら、悲と驚によって損傷される五臓に関する記載が《内経》に無いことから五志を以上のように分類した。そして、悲は憂に隷属させ、驚は恐に隷属させた。

参考3:恐と驚の違いを紹介します。

 《儒門事親》:“驚者為自不知(驚は自覚していない)”、“恐者自知(恐は自覚している)”。つまり驚はびっくりしたり・されたりすることを指す。

 《景岳全書》“蓋驚出于暫、而暫者即可復;恐積于漸、而漸者不可解(驚は少しの間現れ、暫くするとすぐに回復する;恐は徐々に積み重なり、そうなると恐怖心が消えなくなる)”だから、驚が長期にわたり持続すると恐となる。

参考4:悲すれば気が消えるとは、意気消沈したようすを想像していただければ理解できるでしょう。そのメカニズムは《素問・挙痛論》:“悲すれば心系に迫り、気は収斂して外へ達することができず、上焦が不通となり胸中の熱が肺金を灼き、肺気が消散する(意訳)”と書かれている。つまり、上焦の熱が肺気を消散する。現実に悲哀が度を越すと胸中に熱が生じるのかチョット理解しにくいですがね。

5.七情内傷をどのように捉えるか

 七情内傷とは、

(1)気機失調(気緩・気上・気鬱・気結・気下・気乱)や気の損耗(気消)が生じる。

(2)五臓の機能を失調させる(陰陽応象大論)。

(3)現在の疾病を悪化させる。

 ただし、気が損耗するのは悲によってだけではありません。例えば、思慮過度になれば脾の運化機能が失調して、気血化生機能が衰えるので結果として気が損耗することもあります。また思慮や憂慮過度でも気機鬱結となり、そして暴怒でも気逆だけでなく気機鬱結が生じます。臨床では気鬱による患者さんが結構多いので、この点は御注意を。

本当のことを言えば、中医学を学びはじめた頃は、七情内傷なんか理論だけなんじゃないかと思い適当に読んでいましたが、と〜でもない臨床ではよくお目にかかるんです。

 例として:症状;3日間の恐怖体験により徐々に精神に異常を来し、心煩がして物を壊したり・家族を殴るようになり、時に寒中暑中に関わらず数時間徘徊し屋外で寝てしまう。そして、眩暈・耳鳴・腰酸・膝痛・冷えを嫌う・大便乾燥;舌診 舌淡紅、薄白苔;脈診 細滑。

 病因病機は恐怖により腎が損傷され、腎水と心火の平衡関係が失われ、心火上炎となり心主神明だから心煩し精神異常となった。これに従って治療して症状の改善が見られました。このように七情内傷の観点からみると分かりやすい時もあります。

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附録1:五臓と精神活動の関係

《素問・宣明五気篇》では五臓と精神活動の関係を次のようにいっている。

 “心藏神・肺藏魄・肝藏魂・脾藏意・腎藏志” 

 その精神活動の具体的な内容は、

 神とは、陰陽両精が結合して生じた生命活動を指し、心が人の精神・意識・思惟活動を主宰することに通じる。《霊枢・本神》:“両精相搏謂之神”。

 魄とは、精神意識活動の一部である。《類経》では、本能的な感覚や動作を行うものを指し、例えば聴覚・視覚・冷熱覚・痛痒等の感覚を含む。これらの機能は人体を構成する物質的基礎である精と密接な関係がある。《霊枢・本神》:“並精而出入者謂之魄”と言っている。

 魂とは、精神意識活動の一部である。その内容は、神から派生した精神活動を指し、神と魂はともに血を主要な物質的基礎としている。《霊枢・本神》:“随神而往来者謂之魂”。

 意とは、記憶して忘れないことを指す。《霊枢・本神》:“心有所憶謂之意”。

 志とは、専一で変わらない精神状態、或は意念が累積して出来た認識を指す。《霊枢・本神》:“意之所存謂之志”。ただしこの志は、《素問・陰陽応象大論》での五志(五臓に帰属する情志変化)とは異なる。

附録2:《霊枢・本神第八》七情内傷の病機と病証について

 「黄帝内経霊枢校注語釈;郭靄春編著 天津科学技術出版社」から《霊枢・本神第八》の一部を訳出して、七情内傷の内容をもう少し紹介します。なお、訳文の誤りは訳者である私に責任があります。括弧内の文は訳者の意見です。参考にして下さい。

《霊枢・本神第八》

 黄帝が岐伯に問いて曰く:針刺の法則は、詳細に診察し併せて病人の精神活動情況も根拠にしなければならない。なぜなら、血・脉・営・気・精はみな五臓が蔵するものであり、正常さを失った時には臓から離れてしまい、五臓の精気は失われるから、魂魄も飛び去り、志意も煩乱しまい、自身も智慧や思考能力が失われる。これは何のためにこの様になってしまうのか?これは自然の病態なのか、それとも人の過失によるものなのか?……。

 岐伯答えて曰く:……。過分な恐怖思考では陰気を流失させ固摂できなくなる。悲哀過度では内臓を損傷して気機が絶え尽きて生命を喪失する。喜楽過度では喜びが極まり気散じて収蔵できなくなる。憂愁過度では気機閉塞して不暢する。大怒では神志昏迷して常態を失う。恐怖過度では精神動揺して精気収斂不能となる。(この一連の記載は、《素問・挙痛論》の内容と一致しています。ただし恐怖思考についての記載はなく、また恐怖思考とは恐ろしいことを想像したり考えることです。)

 過度の恐怖思考をすれば神を傷つけ、神が損傷されれば恐怖を制御できなくなり、長期化すると膝窩の肌肉が損傷され抜け落ちる。さらに進むと毛髪は憔悴し容色が異常になると、冬季に死亡する。

 憂愁が解消しないと意を傷つけ、意が損傷されると苦悶煩乱、手足無力となり起き上がるのを厭う。さらに進むと毛髪は憔悴し容色が異常になると、春季に死亡する。

 過度の悲哀は内臓に影響して魂を傷つけ、魂が損傷されると精神紊乱証状が出現し肝の藏血機能失調が生じ、陰器萎縮、筋脉痙攣、両脇の骨痛となる。さらに進むと毛髪は憔悴し容色が異常になると、秋季に死亡する。

 過度の喜楽は魄を傷つけ、魄が損傷されると狂病となり、狂病が発展して意識活動が観察能力を失い、その人の皮膚は枯れてしまう。さらに進むと毛髪は憔悴し容色が異常になると、夏季に死亡する。

 大怒して止むことなければ志を傷つけ、志が損傷されるとしばしば前言を忘れ、腰脊が痛み俯仰屈伸できなくなる。さらに進むと毛髪は憔悴し容色が異常になると、夏季の終わりに死亡する。(以上述べた、過度の恐怖思考・憂愁・悲哀・喜楽そして大怒による七情内傷の内容は、《素問・陰陽応象大論》の内容と合せて参考にする価値があります。)

 過度の恐怖が解消されないと精を傷つけ、精が損傷されれば骨節酸痛と痿厥が発生し、併せて遺精の証状がある。これによって五臓は精気を蔵すことを主り、蔵している精気は損傷されてはならないと言うことが分る。五臓が損傷されると、精気は守るところを失って陰虚が形成される。陰虚になれば気化活動は乏しくなり、それは遠からず死亡することである。だから針刺を運用する人は必ず病人の形態を観察して、病人の精・神・魂・魄等精神活動の旺盛あるいは衰亡を了解しなければならない。もし五臓の精気が已に損傷していれば、針刺で治療するものでは無くなっている。(神・魂・魄の内容は、附録1に紹介してあります。精とは腎が蔵しているものを指します。)

 肝は血を貯蔵し、魂は血液を頼りにし付き従っているものである。肝気虚となれば恐怖心が生じる;肝気盛となれば怒り易くなる。脾は営気を貯蔵し、意念は営気を頼りにし付き従っているものである。脾気虚となれば四肢の働きが俊敏でなくなり、五臓は調和しなくなる;脾気壅実すれば腹部脹満、月経および大小便不利。心は神を蔵し、神は血脉の中にありそれを頼りにし付き従っているものである。心気虚となれば悲しみの感情が生まれる;心気太盛となれば笑って止まらない。肺は気を蔵し、魄は人身元気の中にありそれを頼りにし付き従っているものである。肺気虚となれば鼻詰り、呼吸不利、気短;肺気壅実すれば呼吸困難、胸満、甚だしくは顔をあげて喘す。腎は精を蔵し、人の意志は精気を頼りにし付き従っているものである。腎気虚となれば手足厥冷;腎に実邪があれば腹脹が現れ、併せて五臓の安定と調和を失うことになる。したがって病気治療では必ず五臓病の証状を細かく観察し、それによって元気の虚実を了解し、そうして慎重に処理するべきである。(魂・意・神・魄・志がそれぞれ血・営気・血脉・気・精と関係していることが分る。以上で本神第八の訳出終了。)

気血病機編:page4

7.基本的な病理変化

 病機には・臓腑病機・・経絡病機・・気血病機・・精病病機・・津液病機・・体質病機・・情志病機・・痰飲病機・・六気病機・・衛気営血病機・・六経病機・・三焦病機と、さまざまな病機があり相互に関連しています。あまり沢山あるのでウンザリしていることでしょう。しかしこれら病機の基本となる考え方つまり病理変化を把握してしまえば、この病理変化を根拠にして病気が発生・発展そして転化していく訳ですから、わりと混乱することなく理解できますよ。では、その病理変化を紹介しましょう。

(1)表裏出入

 表裏出入とは、病位の深浅と病勢の趨勢(趨勢とは悪化するか治癒に向っているか)の病理変化について表現している。

 病位の深浅と病勢の趨勢とは、病位が浅いもの(表証)の病状は比較的軽く・深いもの(裏証)の病状は重い;病が表より裏へ入ると病勢は進み・病が裏より表へ出てくると病勢は快方へ向っていることを示している。例えば、感冒の初期に悪寒があった(表証)が、治らず悪寒はなくなったのに反対に熱が強くなり便秘(裏証)となる場合(太陽表証から陽明腑実証への転化)、これは病位が表から裏へ入り病勢が進行していることを示している。ただし、外邪は必ず表から入るわけではなく直接裏へ侵入して重い症状が現れることもあります。さらに表裏同病等があり、詳しくは《傷寒論》を参照して下さい。

 表裏とは相対的なものであり、経絡と臓腑から見れば、経絡は表・臓腑は裏;臓腑から見れば、腑は表・臓は裏;経絡から見れば、三陽経は表・三陰経は裏;三陽経から見れば、太陽経は表・陽明経は裏・少陽は半表半裏となることをお忘れなく。

(2)虚実消長

 虚実消長とは、疾病過程において正気と邪気双方の争いで勢力が消長する病理変化を表現している。

 虚とは人体正気の虚衰・実とは邪気の亢盛のことです。虚実消長を簡単に言うと、邪気と正気がともに旺盛で争えば病状は激しい;邪気が侵入して正気が損傷されると病状はさらに進行する;正気が回復し邪気を追い出すことができれば治癒へ向う;正気、邪気ともに衰えた時は回復するか再び邪気に犯されるかの岐路にあるなどの病理変化を表している。

 正気とは病邪に抵抗する能力と人体を構成する物質的基礎の両方を包括しており、邪気とは六淫邪気・痰湿・水飲・於血・食滞・気滞なども含まれている。

 臨床上、本当は実なのに虚の症状が現れる(真実仮虚)や反対に虚なのに実の症状が現れる(真虚仮実)場合があります。詳しい内容は弁証論治で紹介します。

(3)寒熱進退

 寒熱進退とは陰陽盛衰の範疇に属し、寒熱という性質から見た病理変化を表現している。

 寒は陰気偏勝の病理現象で機能の病理的衰退に属す;熱は陽気偏勝の病理現象で機能の病理的亢進に属す。つまり寒または熱の量的偏重による病理変化といえる。

 但し寒熱の盛衰だけでなく、寒熱の転化もあります:“寒が極まれば熱となる”とは、寒邪が表から裏へ入り熱となる場合を除けば、寒が極まれば正気は次第に快復して病勢は好転すること;“熱が極まれば寒となる”とは、高熱により正気が損耗して病勢は悪化へ向うことを指している。

 その他、重篤な状態で出現する“真熱仮寒”や“真寒仮熱”も含まれています。簡単に説明すると、本質は熱(寒)であるが内にこもり、寒(熱)を外側に押し出すから寒(熱)象が現れる。また上寒下熱や上熱下寒も寒熱進退に属す。

(4)昇降失調

 昇降失調はまた昇降出入失調ともいい、臓腑経絡の気機が失調して生じる病理変化を表現している。 

 この失調は昇降出入の太過・不及のことを指している。主な臓腑の気機は、“肺の宣発粛降”・“脾の升清と胃の降濁”・“肝の升発と疏泄”・“心火の下降と腎水の上昇”・“大腸の伝導”・“膀胱の排泄”などがあり、これらの昇降出入太過・不及によって病理変化が生じる。

(5)気血失調

 気血失調とは、主に気血の損耗・気血の機能失調による病理変化を表現している。

 気血の損耗には気の損耗・血の損耗・気血の損耗があり;気血の機能失調には気の運行失調(気滞・気逆)・血の運行失調(血オ)・気血の運行失調(気の固摂不能や血熱による出血)などがある。気血は相互に化生し依存しあう関係にあるので、気の病理変化は血に及び、反対に血の病理変化は気に及ぶことはお忘れなく。

(6)陰陽盛衰

 陰陽盛衰とは、人体の基本物質である陽気と陰血の盛衰による病理変化を表現している。

 具体的には、陽盛であれば外熱、陰盛であれば内寒、陽虚であれば外寒、陰虚であれば内熱と言う病理変化のことである。その他、陰陽離决という重篤な病理変化があり、それは陽気の陰血を温煦・固摂する作用を失うあるいは陰血の陽気を収斂・搭載する作用を失うことで、陰陽が分離することを指している。

まとめ

 中医学は以上の病理変化に従って、疾病が発生・発展そして変化すると考えています。その他外傷などによる形質の損傷もありますが、針灸臨床では(1)〜(6)の病理変化で十分です。また、前述の各種病理変化をまとめて言えば、邪正の消長と陰陽の失調で概括することもできます。ここで言う陰陽は、陰は裏・降・寒・血を包括し;陽は表・升・熱・気を包括したもので、結局は陰陽・虚実なんですね。

病因編:page3

6.病因(不内外因)の特徴と臨床症状

 不内外因(ふないがいいん)は、六淫邪気と七情内傷以外の病因の総称です。その中で、飲食・労逸・病理産物(痰飲、オ血)などが針灸臨床でよく見られるものです。そして痰飲やオ血の産生されるメカニズムは病機のところで詳しく紹介しますので、まずは特徴と臨床症状をマスターしましょう。


病因 特徴 臨床症状

飲食 不規則な食生活・過食・偏食により疾病を引き起こす。

その他、不衛生な食物を摂取する場合もある。 不規則な食生活では脾胃の機能失調;ナマ物や冷たい物の過食偏食は脾陽を損傷;辛い物や熱い物の過食偏食は胃腸に熱がこもり易い。

労逸 働き過ぎは気血損耗を生じ、過度の安逸は気血運行不良を起こす。 働き過ぎは気血不足の症状が現れ、さらに臓腑の機能失調も引き起こされる。過度の安逸は気血運行不良で痰湿やオ血などが生じ易くなる。

痰飲 気に従って昇降し全身至る所に行き、各種の病変を引き起こす。 【痰飲の補足】で紹介します。

オ血 臓腑や経絡に存在して気血の運行をさらに阻害する。 ・刺痛、固定痛、拒按・腫塊は固定し移動しない・月経血に血塊が混じる。・唇・爪は青紫、顔色は浅黒い、肌のかさつき・舌質は暗紫或はオ斑
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【痰飲の補足】

 痰飲の分類:痰飲と言っていますが、実は細かく分けると違いがあります。


性状 病変部位

痰   比較的粘稠 全身至らざる所がない。例えば、臓腑では心・肺・脾胃;その他、経絡・筋骨・咽喉などが常見される。

飲 澄んでいてサラサラしている 腸間・胸脇・胸膈・皮膚に停滞する。


 痰飲の臨床症状:飲の臨床症状は四飲としてpage1で紹介しましたので、痰について紹介します。


停滞部位 臨床症状

肺 肺の宣発粛降機能を阻害して、咳嗽・多痰・喘息・胸悶。

心(痰迷心竅) 心主神明だから、心竅(心神の通路)が塞がれると痴呆・行動異常・意識喪失が生じる。

心(痰火擾心) 痰火によって心が乱されると、狂躁状態となる。

脾胃 脾胃の昇降が阻害され、悪心嘔吐、腹部の痞えや膨満感。

経絡、筋骨 半身不髄、麻木疼痛が常見され、その他瘰癧、痰核、流注。

咽喉 梅核気(ヒステリー球)


 瘰癧;結核性頚部リンパ腺炎。

 痰核;痰湿が皮下に聚まって核となる疾病。発赤、熱や痛みも無く、推すと動く。

 流注;深部組織の化膿性疾患。毒邪の流れが不定で随所に生じるので流注という。

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基礎理論目次 病因病機目次 病因編:page1 病因編:page2

気血病機:page4 気血病機:page5 気血病機:page6


《中国医学》:参考文献

・何金森教授 中医学基礎理論講議ノート:山田勝則編集 1992

・黄帝内経素問校注語釈:郭靄春編著、天津科学技術出版社 1999

・黄帝内経素問校注(上下):山東中医学院・河北医学院校釈、人民衛生出版社 1982

・黄帝内経霊枢校注語釈:郭靄春編著、天津科学技術出版社 1989

・針灸大成校釈:黒龍江省祖国医薬研究所校釈、人民衛生出版社 1995

・針灸名著集成:黄龍祥主編、華夏出版社 1996

・中医経典通釈傷寒雑病論:劉建平・劉仲喜・李大鈞・呉殿華編著、河北科学技術出版社 1996

・金匱要略臨床研究:王占璽主編、科学技術文献出版社 1996

・高等中医院校教学参考叢書中医診断学:トウ鉄涛主編、人民衛生出版社 1990

・中医病因病機学:宋鷺冰主編、人民衛生出版社 1987

・高等中医院校教学参考叢書中医内科学:張伯臾主編、人民衛生出版社 1997

・中医学問答題庫 中医基礎理論分册:張伯訥主編、山西科学技術出版社 1997

・針灸学:上海中医学院編 井垣清明・池上正治・浅川 要・村岡 潔共訳、刊々堂出版社 1988

・中医学入門:神戸中医学研究会編著、医歯薬出版株式会社 1986

・針灸学[基礎篇]:天津中医学院+学校法人後藤学園編 兵頭明監訳1991

・中国傷寒論解説:劉渡舟著 勝田正泰・川島繁男・菅沼伸・兵頭明訳、東洋学術出版社 1993

・中医辞海(上中下):袁鐘等主編、中国医薬科技出版社 1999

・漢方用語大辞典:創医会学術部編、株式会社燎原 1984





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工事中